電話のあなたは存じておりません!
 目的地に着いたのか、静かに停車し、降りる時だけ彼に手を取られた。

 今までずっと非現実だった相手が急に現実の物となった。彼の肌に触れると、戸惑いと喜びで頭の中がしっちゃかめっちゃかになる。

 いつもならイケメン相手にどうって事も無い心臓だが、普段にない速さで高鳴り、シンプルに言ってときめいていた。

 実は私も単純な女なんだな、と呆れてしまう。

 彼に続いて歩を進めると、ビル街の三十二階に入ったお洒落なイタリアンバルに案内された。夜景個室を備えたお店で、確か前に雑誌で特集されていたのを見た事がある。

 キラキラした店内の雰囲気に僅かながら気後れする。

 特別お洒落をしてきた訳じゃないし、今のこの格好で大丈夫だろうか?

 何となく自分の着ているコーディネートを見て恥ずかしくなった。

 スカンツにデニムジャケットを羽織ったカジュアルスタイルが、この店には似つかわしくないように思えた。

「芹澤さん?」

 個室に通されてから俯いていると、彼に顔を覗き込まれた。とりあえず、気を遣わせたく無くて気遅れした理由を話した。
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