可愛らしさの欠片もない
・エピローグ

「先輩…」

「何をそんな…この世の終わりみたいな顔をしてるの…しっかりしなさい」

「だって…」

先輩が今日で会社を辞める。前から決めてあったのか、あれから直ぐだ。

「はい…、お疲れ様でした」

花束を渡したのは課長でも誰でもなく、“彼女”だった。

「…私の言ったことの方が真実だったじゃない…嘘つき…上手く誤魔化して」

「あら、これはあの後よ」

先輩はちょっとだけお腹に手をやった。

「ふ~ん、どうだか。相手は誰よ、って聞きたいところだけど…、まあいいわ。もう会社の人間じゃないし。でも寂しくなるわ、聞いてくれる人が居なくなるから」

「だったら止めればいいのよ、…噂話なんて」

「ふ~んだ」

先輩は辞めるまで相手の人のことは話してはくれなかった。その内、話せるときが来たら話すからって。今は教えられないのって言った。
別に、知りたいと望んでいる訳ではないけど、今は教えられない人っていうところ、引っ掛かっていた。やはり私に近い人なのかもしれないとずっと思っていた。あ、だけど、こういう考え方、今後は止めなくてはいけないと思ってる。
無意識にどうしても考えてしまうけど、何もかも信じられない元になるから。

「帰ろうか?」

「あ、はい」

「今日は新しいお店に連れて行ってくれるんでしょ?」

「そうなんです、大島さんが連絡してくれてて、…妊婦さんが居るので、食べる物、よろしくって言ってあるそうです」

「まあ。中々、子供は居なかったと言ってたけど、結婚経験者は何かと気がつくものね。咲来さん、そう言った意味では甲斐も色々気がつくかもね」

「……全然です。だってすれ違った生活をしてたのだから、気がつくどころか…何が大切なことなのか、解らないんですよあの人は」

「あら、随分、強くなったのね。喧嘩してるの?」

強くはなってない。喧嘩も…、してない。

「はい、期待はしないことにしてます色んなことに。その方が少しのことにも嬉しさが増しますから」

「そうね…確かにそうだけど。その考え方、ちょっと寂しいけどね。なんだか知らないけど、見た目と違って無器用なのよね…」

そこがいいところでもある、って言葉が隠されてるみたい。何でも先輩はよく知ってるから。きっとそこは言うのを止めたんだ。

「みたいです。色々…下手なんですよ。あ、大島さんは後で合流しますから、行きましょう」

「あ、そうね」

フロアを出ようとして先輩は振り返った。

「やっぱり名残惜しいですよね」

「あ、うん、そうね。ずっとここだったからね…」

…でも、これからは幸せが待ってる。この寂しさは懐かしさに変わって…直ぐ忘れてしまうだろう。

「さあ、行きましょう?」

「はい」
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