可愛らしさの欠片もない

「だから…俺の好きなのは、久田さんではなく、咲来さんですってば」

「えー?!本当ですか?」

「ね?だから言ってたでしょ?」

「…でも」

大島さん…先輩じゃなかったの?

「鈍いんだから」

「だって、私…」

先輩が妊娠していること、知ったことで、大島さんをどう励まそうか、悩んでたのに。

「だから、あんなに相談にのってたじゃないか…。どうでもいい人の悩みなんか、真剣に聞かないよ?」

「あ、でも」

普通は反対なんじゃないの?上手くいかない方が…大島さんにとってはいいような気がするのに。もしかして、好きな人の幸せを願ってるって、それですか?

「そうそう、咲来さんは一途なんだから、…気がつく訳がないわよ、確かなのは自分の気持ち。自分の気持ちだけは気がついてるけど、外からのはね、鈍いんだから」

…そう、鈍い。……全然解らない。

「いやあ、言ってたとしても俺なんて無理でしょうけど…優しくしてもらって、いい子だなぁって思ったから…」

それは、情が湧いたってことでは。多分そうだ。

「じゃあ、“彼女”の噂話も満更ではなかったんじゃない?あわよくば、このまま噂が広まればいい、とか、思ってたんじゃないの?」

「…実はちょっと。ハハ。でも咲来さんが、静観してたらその内収まるからって。収まるもなにも、噂にすらならなかったでしょ、ハハハ」

「本当、振り回されたわね。大島さんなんて、離婚話から、広められてたじゃない、ね?」

「…そうでしたね、女子社員の中には噂、流されてましたね」

「え、本当に?」

「本当に、気づかなかった?」

「それは知らなかったな…」

頭をかいている。

「男性社員は耳にしてもそういうの言わないでしょうから」

「あ、じゃあ、水際で止めてくれてたのはあいつらなんだ」

「みんな、噂されること、よくは思ってないし、自分のことのように考えたらね…。噂って怖いから。明日は我が身って、ちょっと、なにかしらある人はドキドキよね」

そう。内緒事を抱えている人は、いつ真相にせまられるのか、…何でもない顔で過ごすのは中々の役者でないと難しい。
< 137 / 150 >

この作品をシェア

pagetop