可愛らしさの欠片もない
・覗きたい

大島さんから預かった書類は難なく作り終わることができた。デスクに大島さんは居なかったから戻ったタイミングで声をかけようと思っていた。

もうみんな帰ってしまった……ことの外、今日は戻りが遅いような気がした。仕事をして待っているのにも…そろそろ退社したい時間でもあった。

「ふぅ……あ、咲来さん…」

あ、帰って来た。ファイルを手に駆け寄った。

「お疲れ様でした、大島さん。これ、朝頼まれた物です」

「あ、ああ、有り難う。…え?もしかして待っててくれたの?」

「はい」

「それは悪かったね。有り難う、恩にきるよ」

それほどのことではないけど。さて、と、これで私も帰ろう。では、と言いかけたタイミングだった。

「もう帰るよね?」

「え?はい、そうですね、はい」

…帰りたいです。あ、もしかして、何か不備でも…。

「…あの…」

「…あのさ、良かったらご飯でも行かない?」

……え。

「え?!」

「あ、そんな…驚くほどのことでも。…驚くか…。あ、いや、ほら、俺、どうせ一人飯だから。この後、どこかで済ませて帰るんだよ。おっと…待たせてしまったお詫びも兼ねてって言ったらつき合ってくれる?」

あ……。大島さんとご飯なんて初めてのこと。しかも二人。えっと…。んー。

「あー、やっぱ、状況が状況だからね、今の俺となんてさ、難しいか。ごめん、無神経だった。却って申し訳ないことを言ってしまったね。用だってあるかもしれないのに…、勝手に確かめもせず。気にしないで、じゃあ…」

ぁ……んー。待ってたのは私の勝手だし。即答せず居るだけの状態が、難しいと言ってるようなものだけど。

「ちょっとだけなら…」

「え?」

「あ、私、お酒とか、そっちは全然得意ではないので、純粋にご飯を食べて帰るなら、つき合います、大丈夫です」

「あ」

「え?」

「あ、いや、そのなんて言うか、ごめん、有り難う。いいの?本当に」

「はい。…?」

大島さんが誘ってくれたのですよ…?あれ?断った方が良かったやつ?…。社交辞令だった?

「じゃあ…えっと、もう少しだけ待たせることになるけど大丈夫かな、ごめん」

……あ、持って帰った書類の整理とかあるものね。

「はい、大丈夫です。全然、気にしないでください」

もう選択肢は待つしかない。片付け仕事が少しあるからと、パソコンを開いて慌ててし始めた。

「それほどかからないけど、ごめんね」

「いいえ、本当に大丈夫てす、そんなに気にしないでください」

……さて、と…私は給湯室に向かった。
コーヒーを二つ入れ、フロアに戻った。

「…良かったらどうぞ。ブラックで良かったでしたっけ」

先に何がいいか聞けば良かったけど。そうすると遠慮されちゃうから。

「え?あ、ああ、うん、大丈夫だ。いやぁ…有り難う、頂くよ」

ただ待ってるというのも手持ち無沙汰だし、あー、どのくらいで終わりそうなんだろうか。そうだ、先に着替えてた方が良さそうだ。

「大島さん、私、着替え済ませておきますね」

「ああ、そうだね。あ、えーっと、ところで何が好き?」

「ご飯ですよね?」

「うん、そう」
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