可愛らしさの欠片もない

「…ふぅ」

「遅かったわね」

「あ、何だか手間取ってしまって…」

ポットに水を入れる単純作業のどこに手間取る要素があるんだろう。こういうことは具体的じゃないと嘘っぽい。…手が滑って倒してしまったとでも言えば良かったかも。

「今日は諸々気をつけて行動した方がよさそうね。
仕事でうっかりミスは大事故につながる元。身が入らないときは、無理してややこしい案件に手はつけないことね。そういうのが来たら私で良かったらするから、遠慮せず回して?」

「はい、有り難うございます」

男のことを考えて仕事にも影響が出るくらい落ちてると思われた訳だ。でも、その心遣いは有り難い。先輩は怠いと言っていても、それはそれ。挨拶だ。だらだらと仕事をする訳ではない。確かに上の空でしていい仕事なんてない。本当だ。うっかりして大変なことになってしまったら、責任は取りきれない。…注意しなくては。

「大島さん…」

「…え?」

「フフ、ごめん、今日は話しかけると驚かせてばっかりね。大島さん、離婚してから変わったと思わない?」

「そう、ですかね…」

以前より距離が近くなったのはなった。

「私だけかな…前より話し掛けられるようになったし、ちょっと若くなった感じがする。思わない?」

先輩も話しかけられてるんだ。

「若くですか?よく解らないですね、親しくはなか、ないので」

うっかり、なかったと言いそうになった。なかったと、ないでは“今”が解ってしまう。
さすが、とてもよく見ている。別にご飯に行ったこととか、内緒にしておかなくてもいいことなんだけど。

「フリーになったし、思い人でもできたかな…ね?」

「え?…そうなんですかね、悪いことじゃないですよね」

「え?うん、そうよ、いいことよ」

噂話好きの彼女より、実は先輩の方が侮れない人、そういう意味で要注意人物なのかもしれない。人の変化にとても敏感だから。
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