嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「朝霧さん、自分、なにもしていないですよ」

 そして阿久津さんまでもが謎の発言をする。

「そうだろうな。ただのヤキモチだから気にしないでくれ」

 ヤキモチ……ですと?

 数秒の沈黙の後、呆然としている私の隣で阿久津さんが小刻みに震え始めた。

 阿久津さんもきっと仁くんの意外な一面にびっくりしたのだろう。

「ちょっと阿久津さん、気をしっかり持ってください」

 焦って阿久津さんの腕を揺さぶる。すると、ぶんっと虫を払うかの如く振り切られた。

「大切な人の前で、そう易々と男性に触れてはダメよ!」

 唖然として立ちすくむ私目がけて、とっても小さな声でぴしゃりと言い放った。

 そういうものなの?

 とりあえず、この場から早く離れてほしい。

 仁くんに目で訴える。伝わったのかどうか定かではないけれど、仁くんは何事もなかったかのように持ち場へ戻っていった。

 幸いにも私たちに気を留めていた人間はいないようだ。それでも今の行動は目立つ。

 帰ったら仁くんに釘を刺さなくちゃ。

「香月さん、色惚けしていないで差し水しないと」

 すでに正気に戻っている阿久津さんに注意される。

 誰のせいよ、と不服を申し立てたい気持ちで鍋に水を足した。

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