嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 左手で大きなスーツケースを引きずり、右肩にボストンバッグをかけた花帆がやってきた引っ越しの当日。母屋でみんなと生活するものだと思っていたらしい花帆は、この離れで俺とふたりで生活すると知って驚愕の色を浮かべた後、すぐに動揺を隠しきれずに目を泳がせていた。

 あのときの顔を思い出すと溜め息がこぼれる。

 そんなに俺とふたりきりになるのが嫌だったのだろうか。

「手伝おうかなって思ったんだけど、今日のメニューがロールキャベツとなんだかよく分からないグラタンだったから、あっこれは無理だ、と思って退散してきた」

 おそらく母親が好んで作る豆乳のグラタンだろう。マカロニは使わず日によって具材を変えているので、花帆からしたらたしかによく分からない料理かもしれない。

 花帆は苦笑いをして頬をぽりぽりと掻く。

「もっと単純な工程じゃないと、私のレベルでは難しい」

 引っ越してきて以来、花帆は積極的に料理を覚えようと頑張っている。

「それに弥生さんが身体を休めなさいって言うの。料理ができるようになりたいのになぁ」

 今のところ花帆に目立った疲労感は見られない。だがうちの仕事は体力勝負だと母親も十分承知しているので、とにかく花帆の身体を労わろうとしているのだ。
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