嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
好きと言えなくても

 
 この前のあれはいったいなんだったのだろう。

 仁くんは私を抱きしめたまま離そうとはせず、私もうれしかったから抵抗しなかった。

 そして気づいたら朝になっていた。どちらが先に眠りについたのかも分からない。

 思い出すと足をバタつかせたくなるほど恥ずかしい。

 朝起きたら私は仁くんのお腹にぴったりとくっついて、あろうことか背中に腕まで回していたのだ。

 潜在意識の力で抑制されていた想いが、抱きしめられたせいでストッパーが外れ、あんな大胆な行動へ発展したのだと思う。

 だって、今まで一度だって自分から仁くんに触れたりしなかったのに。

 先に目を覚ましたのが私だったからよかったけれど、仁くんだったらと思うと……。

 うわああっと叫びたくなる。

 あの一件から数日。仁くんから再び触れてくることもなければ、私が無意識下でふしだらな行動をとることもなかった。当たり障りのない日常を送っている。

 だけど正直なところ、仁くんの温もりと感触があまりにも心地よかったことに味を占めて物足りなさを感じている。

 ちょっとは期待してもいいのかな。それともあれは気の迷いが起こした出来事なのかな。

 でも“あの”仁くんだしなぁ……。
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