小説家の妻が溺愛している夫をネタにしてるのがバレまして…
トン、と私の顔の横に郁人くんは手をつく。
所謂『壁ドン』というものだけど、背後はドアだから…これは『ドアドン』…?

いや、そういうことを考えてる場合じゃなくて…。


(今、目の前にいる彼は誰ですか?)


いつもと違った表情をした彼は人差し指をネクタイの結び目と首の間に差し込み、シュル…と緩める。そして第一ボタンを片手で簡単に外した。

その動きがヤケに色っぽくて、体内に熱がこみ上げてくる。


「聞いてた? 今すぐ脱いでって言ったんだけど」

「……えっ…と…」


恥ずかしくて脱げません、などという言葉を彼は求めてないだろう。


「おいしい思い、させてあげるから言うこと聞きなよ。」


私はドアに追いやられたまま、顎を指で持ち上げられた。


「………」


郁人くんの匂いが香る距離に私の心臓は大きく脈を打つ。
大きい瞳の色…綺麗だな。
なんて感想を抱いていると、結婚式以来に…


私と郁人くんは唇を重ねた。


「んっ……」

「ねぇ…口開けて…?」

「……っ…はぁ…」


言われるがまま、口を開くと郁人くんの舌が侵入してくる。絡め合いが始まると、私は薄眼で彼を見つめた。


「…とろとろした顔……。僕を求めて舌出してるの…すごく可愛い…」


恥ずかしくなって顔を逸らすと、強引な郁人くんの手によってすぐに上を向かせられる。


「逃げちゃダメだよ…。もっと本当の詩乃ちゃん見せて…」

「んっ…ふ…ん……」


結婚前に数回だけ最後までしたけれど、その時はこんなに強引じゃなかった…。
優しくて、何処までも気分が心地良くて。


今は…。


(刺激的で…くらくらする…)


クチュッという、いやらしい音が耳に響き、性欲のスイッチを押される。

唇が離れると、透明な細い糸が伸びた。


「……ベッド…いこうか」

「……うん…」


断る理由なんてない。


彼は私の夫で愛している人だから…。


「……さっき読んだ小説の場面でも再現する…?」

「やだ…。」

「………その顔…やって欲しそうだけど…」


意地悪に笑う顔も格好良い。
何処までも郁人くんのことを溺愛してるからこそ、猛攻を止めようだなんてこと思いつきもしなかった。


『中…とろとろしてる…。もっと僕の指、味わって?』


腰が砕けそうな程に甘く痺れる。


「いや…」

『……嫌じゃないでしょ…? 本当は欲しがりなくせに』


妄想の中で郁人くんに言わせた言葉。現実で聴くと胸の奥がギュッと締まって苦しい。


『指じゃ物足りない…? 僕の…欲しい?』


この短時間で私の書いた小説丸暗記したのかな…。
一字一句、間の取り方も完璧な郁人くん…。
何処までもハイスペックだ、なんて印象を持っては、的確に『イイところ』を攻められ続けた。


「まっ…あぁ…ん…」

「なに…? ここがいいの?」


私の反応に合わせて、今度は小説の内容から逸れた対応をしてくる。


「教えてよ。詩乃ちゃんの好きなところ」


クイッと指の関節を曲げ、お腹側の方を突く。


「あッ…」

「ふっ……良い声でたね」


何処までが本物の郁人くんなんだろう。


少なくとも、今、目の前にいる郁人くんはまるっきり違う人みたいで…。


余裕な表情が面白くなかった。


「……挿れて…」

「………」


精一杯のおねだりに、郁人くんの表情は変わることなく。


「今日はここまで」


いつも通りの優しい笑顔を浮かべて、なんとも酷い返答が一言返ってきた。

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