イケメン従者とおぶた姫。
みんながサクラに対し、不審気に思っている事などお構い無しに、サクラは前々世の話をした。


「気がついたら、俺は山の中にいた。
最初は自分が何者でどう生活すればいいのかさえ分からず四苦八苦した。
そこで、分かった事は自分は神獣で四つ足だという事。気を込めれば簡単に空を飛ぶ事ができた。


だが、最初から俺は知っていた事もある。


俺が元いたその世界は、上界、中界、下界と分かれていて、上界は王の住まう城。中界、下界とそこに住む者達はその力や能力によって守る階層が決まっている事。

それぞれ場所によって結界が張られているが、階が上に行けば行くほどに結界は強くなり、その結界より強い者しかそこを通れないようになっている事。

上の階に行くには、それぞれの結界をくぐり抜けて行く方法。また、それぞれの階層にいる門番に通行証を見せ通る方法がある。


そもそもの話だ。


この世界にはそれぞれ何かを司る王や女王がいる。

王や女王達は不老不死だが、何らかで命を落とせばその“司るモノ”が消滅してしまう事になる。

その為に、王や女王を守る為、その司る能力や力に見合った国や民などが、王、女王が誕生する時に創造主より与えられる。

そして、王や女王を“天”とし、天を守る為に側に仕える絶対的従者を“天守”という。

王や女王が誕生する前に、国が与えられ王や女王を守る為の多くの兵や使用人達が民となって、その能力や力ごとに守る場所などが当てられる。

そして、天守が誕生し

天守は、王や女王の能力や力により
国同様にそれに見合っただけの能力と力を手に入れる事ができる、と。

そこまで分かっていたのだが

何故、自分がこの国にいるのか分からないが、自分はここにいるべき存在じゃない。
俺が守るべき存在は、別の国にいると直感的にそう思った。あまりの居心地の悪さに気持ちが落ち着かない。

そして、何故か俺を捕まえようとする多くの奴らから逃げつつ勘だけを頼りに目的の国を目指した。

無我夢中でどのくらいの月日が経ったかは分からないが、長い時をかけてようやく目的の地へと降り立つ事ができた。

その国は、驚くほど大きく美しい、見た事も聞いた事もない様なそれはそれは幻想時な場所だった。流れる川も海も、湧き水も、虹色だったりエメラルドやサファイアの混ざった様な色…石もただの石ではない。全ての石が色とりどりの宝石だった。空も…

とにかく、口では言い表せないような神々しい国だった。

国の大きさも、果てしなく巨大な国で驚いた。
ここだと思った。空気や地面ありとあらゆる物に自分は受け入れられていると直感した。ここが俺の本来いるべき場所。

そして、俺が守るべき存在はここの最上階にいると強く感じた。心躍るとはまさにこの事か。もうすぐ会えると思っただけで俺の心は軽く疲れているはずの体も疲れなんて吹っ飛んでしまい、俺は喜びのまま一気に上界まで駆け上がった。

だが、順調だったのはそこまでだった。

自分が本当にいるべき場所を目掛け、到達した宮殿。

もはや、言葉を失うほどの宮殿だったとしかいえない。それほどまでに、他のどの宮殿とも比べ物にならないくらいの規模の大きさと美しさだった。もはや、何もかもが別次元と言ってもいい。

その中に、俺が求めてやまないモノがある。
そう確信しその宮殿に入ろうとした。

…だが…

今までどんな結界も、最も簡単にくぐり抜ける事ができたというのに、この宮殿の結界だけはどうしてもくぐり抜ける事はおろか壊す事もできなかった。


つまり、そういう事だ。

この結界を張った者は、俺よりもレベルが上だという事。

だが、そうは分かっていても諦められなかった。諦められるはずもなかった。
俺は、結界の中に入ろうと試みては失敗し、体力の限界がきた所で休みがてら高い岩場で城の中の様子を観察する。それが、俺の日課となっていた。

しかし、どういう訳か…俺が見たいと強く思っただけで中の様子が透けて見えた。中の音や声もはっきり聞き取る事ができた。こんな事は初めてだった。
そうだな。今に例えれば、テレビの生放送。そんな所か。

そこで分かった事があった。

本来俺のいるべき場所は、エリスという名の女王だという事。歳は12才。

そこまではいいが、問題はその女王は他の全ての部下達に蔑ろにされ酷い扱いをされているという事だ。この国の主であるエリス様に誠心誠意尽くし一意専心守らなければならない存在であるのに関わらずだ。

何より、どの者達より女王…天に絶対的忠誠を誓い天の全てを任される存在、天守(てんしゅ)であるダリアという男。コイツが一番の問題だった。


ダリアという男は、誰一人として太刀打ちなどできないであろう圧倒的な力と才能に恵まれていた。
おそらく、世界中の猛者達が束になって挑んでも一瞬のうちにその猛者達を消してしまうだろう力を持っていた。

まさしくダリアは世界最強だろうと俺は思った。

加えて、様々な分野においての才能にも恵まれており、何より驚くべきはその美貌だった。

この世の全ての美貌がここに集まり一つになったのではないかという程にまでダリアは美しかった。

初めてダリアの姿を見た者が、ダリアのあまりの美しさに目が眩み失神してしまう。そんな事も日常茶飯事のようだった。

ダリアを見慣れてるはずの部下達さえ、ダリアの姿を見て腰を重くし少し力が抜けてしまっているのだから。

それほどまでに人々を魅了する美貌、そして、何故そこまでダリアは恵まれているかと思うほどのカリスマ性まで備わった完全無欠の男。


そんなダリアは、どういう訳か自分の天(女王)を蔑ろにし嘲笑っている。
カリスマの塊であるダリアが、天に対しそんな態度を取るものだから部下達もダリアに習い天を蔑ろにしていたのだ。

それは日に日にどんどんエスカレートしていき、遂にはエリス様が13歳の誕生日を迎えた頃にはダリアは他国へと赴く様になり、帰って来てはエリス様に

“他国の王達はこんなに素晴らしいのに、お前は魔導の一つすら使えないデクの棒”

“〇〇国の〇〇様は、魔導こそ苦手なもののこんな能力に長けていて素晴らしい。お前は何の才能がある?”

“どの国の王や女王も、何かかしら素晴らしい才能や能力があるというのに、お前は何もない底辺だ。こんな無能な天なんて見た事もない。”

“まだ、容姿が良ければ可愛がれたかもしれないが、容姿までブスときた。
そんなお前につかなければならない俺様達が可哀想だと思わないか?最悪だ。”

そんな言葉を吐き捨てる毎日。

そんなある日、エリス様とダリアの運命を大きく分ける出来事が起きた。

どこで誰と交わったのか俺には分からないが、ダリアは本当の意味でエリス様を裏切った。

裏切って宮殿に戻ってきたダリアは


あんなに美しかった、紫の目と髪の毛先にいくほど紫に変わっていくグラデーションの髪色が変わっていたのだ。


“裏切りの赤”


ダリアのその色は、紫から赤に変わってしまっていた。その異変に、最初こそ部下達は何故色が変わってしまったのかと驚き戸惑っていたが、色以外何も変わりがない事に安堵し何事もなかったかの様に日々を過ごすようになった。

俺は驚いた。何故、みんな“裏切りの赤”を知らないんだ!?まして、当人であるダリアさえも!!?知っていて、それでも構わないという愚かな気持ちの表れか?と、俺ははらわたが煮えくりかえる思いで見ていた。

こんな時に、エリス様の側に駆け寄り大丈夫だ。俺がいる。と、抱き締めてあげられない自分が悔しく情け無い。

ダリアが裏切りの赤に変わってからが、また更に酷かった。ダリアは、エリス様を放置して何日も帰って来ない事が増えてきた。

遂には、自分が新たな国を創るとかほざいて、城に居る全ての部下達を引き連れエリス様の国を出て行こうとしていた。それを見て俺は焦った。コイツが居なきゃ、エリス様はどうなるんだと。気がつけば俺は、ダリアの前に立ち

「どこへ行くつもりだ!エリス様はどうなる!?」

そう、叫んでいた。すると、ヤツは

「ああ、俺様に相応しくないあのデクの棒か。
あれは、もう見限る事にした。
何でこの俺様がアレに仕えなきゃならないんだ。俺様は、あの無能から解放されて自由になるんだ!あはは!!」

など、頭のおかしなことをほざき高らかに笑っていた。後ろに控えている部下達もそれに習いエリス様の事を侮辱し嘲笑っていた。


「…ああ!そうだ、お前。俺様の張った結界に全く歯も立たなくてさぁ〜、みすぼらしくいつも宮殿がよく見渡せる岩場から俺様達を羨ましそうに眺めていたな。
そんな執念深いお前にプレゼントだ。あの無能を捨てるんだ。だから、こんな能力も必要ない。喜べ!お前にくれてやる。“剣の力”を。」


そう言って、ダリアは俺に手をかざすと一瞬、俺は真っ赤な光に包まれた。
ダリアが“剣の能力”を捨て、俺にあけ渡したのだと思った。

気がつけば、もうそこにはダリアの姿はなかった。

そして、もしかしてと思い急いで宮殿に向かってみるが…自分の考えは甘かった様でダリアの結界の中に入る事はできなかった。

悔しくて、でも諦めるなんてできずに、毎日、エリス様の気配が近い場所にいた。
その内、俺の存在に気づいたエリス様は最初こそ俺を警戒し怯える素振りを見せていたが俺がエリス様に危害を加えない事が分かったのだろう。

少しずつではあるが俺に近づき話を聞いてくれるようになった。それから徐々にエリス様からも声を掛けて下さるようになった。

エリス様が俺という存在を認識してくれた事。結界越しではあるものの、日々エリス様が俺に関心を持ち少しずつ少しずつ心を開いて下さっている事を嬉しく感じ羽が生えたように心が軽やかになっていた。

この大きな大きな国にたった一人ぼっちで寂しかったのだろう。毎日毎日、“寂しい”“どうして?”と泣いていたのだ。
得体の知れない獣一匹でも、一人じゃないと分かっただけでも嬉しかったのかもしれない。

それからは早かった。大丈夫だと味方なのだと分かるとエリス様は喜んで俺を受け入れ、宮殿の中に入れない俺の為に外に出てきてくれた。

それからは、エリス様はあまり宮殿の中に入る事なく俺の側にいて下さった。俺の体に包まって寝てくれた時には、あまりの感動に俺は涙した事を覚えている。

俺はエリス様の為に、食料を調達に出かけ果物や野菜などをエリス様に与え、エリス様の全身の汚れを舐め取り清潔を保つよう自分に出来るだけの世話をした。
この高揚感と多幸感といったらなかった。自分はこの為に生まれてきたのだと心の底から感じ本当に幸せで、これだ。これが俺の本当の居場所だと感じていた。

だが、残念な事に俺は獣であって、人の様な暮らしを与えてやる事ができない。満足に世話もできない。エリス様が成熟した際に、獣である自分と番ってくれるかという不安も大きく怖かった。自分が人型ならばと何度、悔しく泣いた事か。

そんな思いを隠しながら、俺はエリス様と幸せに暮らしていた。

そんな俺達をよそにダリアは、どこかの国を侵略し我が国としてそこの王となり好き放題していた様だ。

なのに、ヤツは毎日のようにエリス様の前に訪れては、エリス様を侮辱し嘲笑い去って行く。

ヤツが来る度にエリス様を守る為、俺はヤツを威嚇し向かっていくも、いつもダリアに負け気を失ってしまう。
いつの頃か、エリス様が泣きながらダリアに“助けてほしい”とお願いすると、ダリアはとても驚いた表情をし地面に膝をつくと


「承知致しました、エリー様。」


と、今まで見た事もない様な笑みを浮かべ、エリス様を愛称で呼び足の甲にキスをした。その時のダリアは蕩けそうな視線をエリス様に向けていて気持ち悪く感じた。
それから、ダリアがここを訪れる度に歯向かう俺を金縛りの術を使い大人しくさせると、いつも通り自分のやりたい様にして気が済むと出て行く。

毎日がこれの繰り返しだった。

ヤツが何をしたいのか全く理解できなかった。

そんなにエリス様と関わりたくないのだったら、ここに来なければいいのに。
俺はダリアが疎ましくて毎日毎日、来るな、来るなと心から祈っていた。

そんな日々が続いていたが、ヤツにも良心の欠けらが残っていたのか、さすがに罪悪感が出てきたのか分からない。ただの気まぐれかもしれないが。

エリス様を嘲笑いに来ては、朝昼晩とご飯を用意して去っていくようになり。

少し経った頃にはエリス様を風呂に入れるようになり。

さらに時が経つ頃にはエリス様の部屋の片付けまでする様になっていた。

「何で、この俺様がこんな事をしなきゃいけないんだ!」

「本当にお前は!俺様が居なきゃ何にもできないな。俺様に感謝しろよ。」

など、ぶつくさ文句を言いつつも、エリス様の身の回りの世話を焼いて帰って行くようになった。


それが、しばらく続くと一人の女がエリス様の宮殿にやってきた。

その女は恐ろしい邪悪な凶々しい気配を纏っていて、エリス様が危ないと危機感を抱いた俺は宮殿の前に立ちその女を威嚇した。


「…おお。なんと美しい神獣であろうか。そなたのような美しい神獣は初めて見たぞ!
ダリア様といいそなたといい、この国の元部下達といい…そもそも、この国自体が、この国の“無能女王”には相応しくない。」


女は扇を口元に運び笑っていた。
そして、言った。


「この国の無能な女王は、ダリア様を独り占めしようとするのだ。ダリア様は“剣の能力”に縛られ、無能女王から離れられずいる。
だから、妾はいい事を考えたのだ。あのような無能な女王など消してしまえばいいのではないかとな。」


この女は、そんな恐ろしい事を口に出してきた。


「愚かな!エリス様を消すだと!!?」


「だが、あの無能を消す事は簡単だが、あの無能を消す事で無能の天守であるダリア様にも影響が出るやもしれぬ。
そこでだ。妾はいい事を考えたのだ。あの無能を“畜生どもの住まう世界”に落としてしまおうとな。」


何と恐ろしい事をしようとしているのかと驚くと同時に俺は、それはできない事だとも思っていた。

何故なら、それは禁呪で国の王や女王ですら扱う事のできない代物。扱おうものなら自分の肉体や最悪、魂を犠牲にしてしまう呪術だからだ。

だから、ただの脅しだろうとたかを括っていた俺が愚かだった。

それに幸か不幸か、ダリアの張った結界の中にこの女は入る事もできずいる様だ。


「…ふむ。さすが、ダリア様じゃ。
妾の力を持てども、この結界はうんともすんとも言わぬ。はて、どうしようものか…」


と、女が悩んでいる時だった。
運悪くも、この女がいるこのタイミングでエリス様が俺に会いに結界近くまできてしまったのだ。俺の姿が見えてよほど嬉しかったのだろう。俺の姿を見るなり、嬉しそうに駆け寄って来たので俺は咄嗟に


「来てはいけないっ!!!」


と、声を荒げ、こちらに来る事を止めた。普段、ダリアが来た時以外に声を荒げる事のなかった俺の緊迫した声に驚いたのだろう。

間一髪、エリス様は結界から出る事なく、あと一歩で結界から出るという寸前で止まった。

…良かったと、ホッと胸を撫で下ろすと


結界のすぐ側にいる女に気づいたのだろう。エリス様は、女を見て知らない人がいると人見知りをし後ずさっていた。


「お主が、ここの女王か?
驚くほど何と安っぽい何の変哲もない容姿か。お主の様なカビ臭い女に、あの様な神々しくも偉大なるダリア様が天守としてつくのはおかしな話じゃ。
それに、この様な巨大にして幻想的な国…本当にお主の国なのか?何かの間違いではないのか?むしろ、この国の主人はダリア様なのではないのか?ダリア様が、この国の王ならば納得の国じゃが…。お主の様な輩がこの国の主人など何かの手違いとしか思えぬ。」


女はエリスを見るなり、汚い物を見るかの様に顔を顰めエリス様に侮辱的な言葉を掛けてきた。


「…え、あ、あなたは、誰?」


エリス様は、急に現れた女に驚き怯えながらもオドオドしつつ質問した。


「妾はーーーを司る天じゃ。そして、ダリア様の愛人の一人である。そして、妾の後ろに控えるのが“妾の天守の攻と守”だ。不思議だのう。
世界の国の天には必ず天守がいる。天守二人それぞれに攻(こう)、守(もり)という役割が与えられる。それは、最初から決まっている事。

だが、お前の国だけは違う。

お前の国だけ、何故か天守が一人しかいない。
そして、天守の呼び名も違う。ダリア様の天守の役割は“剣”。

しかも、他の天守達とは役割が全く別物だとも聞く。

お主は、一体何なのだ?どこから紛れ込んだネズミだ。いい加減、この国をダリア様に返し、お主が本来居るべき見窄らしい生活に戻ったらどうなのだ?」

など。さも、この国はダリアのものだと頭が狂ってるのではないかというおかしな話をしてエリス様を困らせていた。

「…エリス様、この様な頭のおかしな女の話に耳を傾けてはなりません。
どうか、この女の姿が見えない所へ隠れていて下さい。」

俺はエリス様を守る為、エリス様の前に立ち女を睨みつけた。俺の出す覇気に驚いた女は、少し後退り

「…な、何と素晴らしい力か!その美しさにしてその力…お主は一体何者なのだ?神獣にしても、何かおかしい気がする。お主には違和感しかない。」


と、青ざめた顔で一筋の汗が頬を伝っていた。女の天守も俺に向かってくるが、そいつらは大した事なかったので一瞬でのしてやった。
そしたら、女は目をまんまるくして固まっていた。

「…ほんに強い…。まさか妾の自慢の天守二人が瞬殺とは。何故、お主のような素晴らしい者がその様な虫ケラに付いているのか。不思議でならぬ。どうじゃ、妾のペットにならぬか?妾の…」

など、反吐が出る事ばかり言ってウザいので俺は女の話を途中で遮り

「不愉快だ。今すぐ、ここを出て行け!出て行かなければ、お前もただじゃ済まさない。」

と、唸り声をあげながら脅した。女は青ざめた顔をさらに白くし、汗も滝の様に流れ出ていた。これで、この女は消えるだろう。そう思ったが

「……出たな。」

女は不敵な笑みを浮かべ、俺の横を見た。その視線を辿ると

「…な、何故、ここにっ!!?」

俺は驚きのあまり声をあげ隣を見た。

「…だって、ミソラ一人にしておけないって思って。私も一緒だよ?」

そう言って、エリス様は俺に抱きつき顔を埋めてきた。エリス様の小さく細い体が小刻みに震えている。相当、勇気を振り絞ってここに来たに違いない。場違いにも、その気持ちがとても嬉しく俺は感動し心にじんわり温かい気持ちが込み上げた。

…と、その時だった。

音もなく、とてつもない大きな衝撃により俺の体は吹っ飛んだ。この感覚…忘れようがない!!

「……グゥッ……!!!?」

あまりの痛さに俺は呻き地面に倒れた。

「…ミソラッ!!?」

遠くで、心配から俺の名前を呼ぶエリス様の声が聞こえる。早くエリス様の元に戻らなければ!そう思い、顔を上げると空中に浮かび俺を見下ろすダリアの姿があった。

「アレは、お前ごときが触れていいものではない。…チッ!いつの間にか名前まで与えられやがって…気に入らねー…」

そう冷たく言い放つと、視線を女に移し

「何故、お前がここに居る?」

と、冷ややかな目で女に聞いていた。

「そ、それは、ダリア様を救いたくて…!」

女はダリアに向かい、あたかも自分は良い人です。あなたの為に頑張っています。と、猫撫で声で必死にアピールをしていた。
そんな女の話を途中まで聞くと、ダリアは

「…それで?俺様の為に何をしようとしてる?」

そう、聞くと女は何を勘違いしたか

「ダリア様をこの無能女から解放する為に、この無能女を“畜生どもの住まう世界”へと落とそう”と、考えたのです!」

と、嬉々として話していた。
ダリアは、蔑む様な視線で女を見て何かを言おうと口を動かした瞬間…


「……ヒャァッ!!?な、なに、コレ…ッッ!??」


驚き恐怖の声をあげるエリス様の悲鳴が聞こえた。その声に反応し、エリス様の方を見れば

黒いドロドロとした沼の様な穴に、無数の赤黒い手によってゆっくりズルズルと引きずり込まれて行くエリス様の姿があった。

あまりの恐怖にエリス様は、真っ青な顔で声にならない声を出し俺に向かって必死に手を伸ばし助けを求めてきた。


「キャハッ!成功した!!見てくれていますか!?妾の術によってこの無能女は“畜生どもの住まう汚い世界”へと落ちていっておる。
この無能女が結界の外に出た瞬間に術が発動する様にしておいたのじゃ。妾の作戦勝ちじゃ!
この術は発動したら、もう誰にも止められはせぬ!」


女は、どんどん下に沈んでいき恐怖で絶望するエリス様の顔を見て、悪魔のように笑っていた。

醜くも汚い心を持ち、どの様な恐ろしく悍ましい事も平気でする外道が集まる世界…そう思った瞬間、エリス様に対しあんなに忠誠を誓っていた筈の俺の体は恐怖で足がすくみ動く事が困難になっていた。

あんなに、必死になって俺に救いを求めているというのに

すると、こんな時にも関わらずダリアはエリス様を見下ろすと


「ーーッッッ!!!」


と、エリス様の真名であろう名を呼んだ。すると、その声に気が付いたエリス様はダリアを見上げ必死に手を伸ばし


「ーーーー……!」


声にならないか細い声で、おそらくこれもダリアの真名であろう名前を呼んだ、瞬間だった。

先程まで、そこに居た筈のダリアの姿は消えどこに行ったのかと思ったが、そんなどうでもいい事よりもエリス様が気がかりでエリス様に目を向けると


ーーー………ッッッ!!!???


その光景に、俺は酷くショックを受け目を見張り見ている事しかできなかった。

それは、この悍ましい禁呪を行った張本人である女も同様でその光景に

「…なっ…何が起こったというのじゃ?一体これは……」

あまりのショックに腰を抜かし震えが止まらなくなっている。
同時に、禁呪を発動させた事でどんどん自分の体が黒く腐り、ベジョベジョと溶けていっている事にも気がつく事もなく

ただただその光景を見て凍りつき

「…こんな筈では…こんなッッ!!?」

と、後悔の言葉を壊れた何かのように連呼していた。


…それもその筈…


禁呪によって、畜生どもの住まう汚い世界へと沈んでいくエリス様の元へ何の躊躇いもなく飛び込み、

それはそれは、大切な壊れ物でも触るかのようにエリス様を優しく包み込む様に抱きしめ、
聖母のごとく優しい笑みを浮かべているダリアの姿があったからだ。

ダリアの術によって眠らされたであろうエリス様に、ダリアは

「…大丈夫だ。俺様が側にいる。」

そう囁き、二人は悍ましい世界へと落ちてしまった。その時のダリアは、これから生き地獄の様な世界に落とされるというのに…とても幸せそうな顔をしていたのを今でもハッキリ覚えている。

こんな時に、何故そんな表情ができるのか理解に苦しむ。単に絶体絶命に落ち入り頭がおかしくなったのだろうと俺は考えるが…その考えもいまいちピンとこない…。

俺は何もできず、ただただ二人がそこに落ちて行くのを見ている事しかできなかった。

その時の俺の絶望と後悔といったらなかった。
この世の終わりだと罪の意識でどうにかなってしまいそうだった。何より、エリス様の必死になって俺に助けを求める姿と、最後のダリアの幸せそうな顔が頭にこびり付いて離れない。

それから禁呪を発動させた女は術の呪いによって消え、その女が司る“何か”はこの世から存在を消した。だから、その女は何を司る天だったのかもう分からない。

だが、その女が居たという事実が存在するという事は、その女は命は失っても運良く魂は助かったのだろう。


それから俺は、“剣の力”を使い、エリスが何処にいるのか探した。エリス様は新しい命としてその世界に適用した姿に変わっていた。

俺は、今度こそはと心に強く誓い、女が発動させた場所に今に消えかけている禁呪の残りに魔力を注ぎ、僅かに開いた穴の中に飛び込みエリス様のいる畜生どもの住まう汚い世界へと旅だった。以上だ。」


と、サクラは話し終えると、一同は何とも言いがたい重苦しい表情を浮かべていた。


「お前の話を聞いていて、ツッコミどころは多くあったが。お前をよく知る俺にとっては、なるほどと思う事も多かった。」


リュウキは、少し納得したようにそう述べつつ、おそらくサクラの話、ダリアの話双方の話を聞く事で一つの話にまとまるのだろう。
サクラの話だけでは、今ひとつ分からない事も多い。サクラ自身も分かっていない所があるようだから仕方ないだろう。と、考えていた。

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