イケメン従者とおぶた姫。

ハナに恋した少年。

ハナが結婚する時、リュウキはハナからある決意を聞いていたのを思い出していた。


ーーーーー今から、7年前の話になる。


元盗賊団であったハナは、類稀な能力と力がリュウキの目に止まりスカウトされた。

そして、リュウキの狡賢くも巧みな手回しにより、ど田舎育ちのド級貧乏貴族という肩書きを与えられ軍に入団。

ハナは勉強こそできなかったが、圧倒的パワーと底知れぬ運動能力によりみるみるうちに昇格。気がつけば、24才にしてある所まで上り詰めていた。

凄い奴だとは思っていたが、自分の想像を遥かに超え上に登り詰めていくハナの姿にリュウキは胸が高まりっぱなしであった。
リュウキにとってハナは、軍を束ねるトップの理想であり希望であった。そして、想定外の事ばかりやらかしてくるビックリ箱でもある。

ハナといる時だけは、ドキドキとワクワクが止まらず童心に返った気持ちになれる。


そんなある時。


リュウキの実の兄から強い要望を受けた。
10年前、兄はムーサディーテ国女王の妹と結婚、婿養子になっている。

兄からの頼みとは

10才になる息子が生意気だから躾け直してほしいとの事。

兄の話によれば、兄の息子は


・何をやらせてもそつなくこなしてしまう才能の塊。

・特に魔導に関しては天才。

・世界一美しいとも評されるムーサディーテ現女王シラユキにも引けをとらない程の美貌の持ち主。

そのせいで兄や兄嫁はその子の事を蝶よ花よと育て、周りもチヤホヤして持ち上げてばかり。


結果…全てが自分の思い通りにならなければ気が済まない、自己中かつ傲慢な暴君に育ってしまった。

使用人や周りの者達を見下し暴言どころか虐げようとしていた所を何度か目撃した事がある。それは日に日にエスカレートするばかり。

何度か注意をしたが、父親でさえ下に見て聞く耳を持たない。

それどころか、息子を溺愛する妻や使用人達に何故、息子を叱りつけるのかと可哀想だと父親である自分が強く咎められる始末。


息子の将来を考えた時、恐ろしい未来しか想像できなくなっていた。

このままでは良くないのではないかと至ったらしい。


だから、夏休みの1ヶ月間だけ一般市民の生活を経験させてもらいたい。
少々手荒になってもいい、世の中は甘くはないという事を知ってほしい。
少しでもいいから人を思いやれる心を持ってほしい。


親のエゴ抜きで、あの子は本物の天才だ。自分達ではどうする事もできない。

ならば、天才には天才をそう思い立ちリュウキに頼んで来たとの事だった。

最初のうちは断っていたリュウキだったが、必死に食い下がってくる兄に対し同じ親として蔑ろにできず


「いくら、兄上の息子だからと言って容赦はしない。それでいいなら引き受けても構わない。」

と、渋々了承したのだった。

おそらく、娘のショウがいなければ兄がどんなに食い下がろうが無視していただろう。


…“天才”か

どんだけ甘やかして育てたんだよ


リュウキは、兄の言っている事をさほど信じてはいなかった。息子の性格がクソほどにも悪いって話以外は。

しかし、実際に会ってみてリュウキは度肝を抜かす事になる。


ーーー数日後ーーー


商工王国応接間


実際に会ってみなければ再教育の対策も立てられない。と、いう事でアラガナと会って話をしてみたのだが驚いた。

全ての身のこなしが洗練されていて動作や仕草の一つ一つが美しい。少し会話をしただけでも知性と品の良さが窺えた。

だが、特に驚いたのがアラガナの美貌だ。
世界中の絶世と呼ばれる美女を見て来たリュウキではあるが、その彼女達すら霞んで見える程までに美しい少年だ。
美しい人を見て衝撃を受けたのは、これで二度目だ。

そして、魔導が得意だと聞いていたが一切魔力を感じない。つまりは、完璧に魔力コントロールができているという事になる。

しかもだ。若干10才にして魔法ではなく魔導を使いこなしているという話だけでも驚きだというのにだ。


最初この話を聞いた時リュウキは、親の贔屓目だろと適当に流して聞いていた。

だが、実際に会ってみて兄の話が正しいと判断できた。つまりは、そういう事だろう。


確かに、ここまで完璧にこなしてしまうのであれば、こんな簡単な事をどうしてみんなできないのか疑問を感じ、そこからみんな自分より下だと見下すようになる

しかし完璧なアラガナに、周りの人達は誰も何も言えずチヤホヤしてヘコヘコ頭を下げるばかり。もちろん、アラガナの地位の高さも大きく影響している。

聞いていた話だけでなく、実際にアラガナを目にして。一緒にいる兄のアラガナへの態度を見て、その光景が目に浮かんでくるようだ。


調子に乗って当たり前だな

これで調子に乗らない方がおかしいくらいだ

確かに、このままだとどの道に転がってもいい未来は見えてこないな


だが、よくぞここで気が付き再教育という考えに至る事ができたとリュウキは内心、親としての兄を称賛した。

こんな完璧な息子がいたら、周りに息子を自慢する調子こきな恥ずかしい親になりそうなものだが。

現に、アラガナの母親はこの再教育に対して今も猛反対しているらしい。可愛い息子を手元に置きたいのだ。


うちにも、サクラっていう規格外なクソガキはいるが…

さて、ただでさえ王族ってだけで面倒なのに他国の王族。下手な事はされない

まして、守るべき対象である子供。どんな危険からも守ってやらなければならない

だが、少々手荒なだけでは、人の見下し癖は治らないし思いやりなんてもってのほかだろう

自分以外の人間に関心がないんだからな

しかし、並大抵の大人では太刀打ちできない程までに魔導に優れている

だからといって、アラガナより力のある者を…そんな簡単にはいかない。何故なら、類稀な美貌のアラガナを性の対象にし傷物にしかねないからだ

恐ろしい話だが、そういった悍ましくも残酷な事件は多い。慎重に考えなければならない

どうしたものか


実はこの話があった時から、断る前提ではあったがアラガナの教育係の適任者を考えてはいた。いたが、惜しい人物こそ何人か浮かんでは何かかしらで引っかかり候補から消えていった。

アラガナを任せられる適任者はうちにはいないと行き詰まっていた時だった。リュウキの頭にポンとある人物が思い浮かんだ。


…あ!

適任な奴がいるじゃないか

アイツだ!アイツしか考えられない


“教育者”という頭があったので、まずは素行方面から考えてしまっていたリュウキはなかなかその人物という頭に行きつかなかった。

灯台下暗しってやつだ。



それから数週間後ーーーーー



「あはは!断る。」


「「……は?」」


大遅刻して来たハナは、リュウキの話を聞いて豪快に笑って断った。

まさかの事態に、リュウキとアラガナは予想外の言葉にギョッとハナを見た。


「…い、いやいや!お前っ!?
随分前に言ったよな?いや、絶対に言った。
俺の甥に社会勉強させてやってくれと。」


「…え!?そ、そーだっけか?
んーーーーー???思い出せない。
それに、実際会ってみてヤダって思った。
だから、断る!!」


コイツだもんなぁ〜。興味なくて、まともに聞いてなかったな。
軽い調子でカラカラ笑いながら、断ると聞かないハナにリュウキは頭を抱えた。


「……はああぁぁ〜〜、お前なぁ…。
…………。なら、仕方ない。
王として、命じる。一ヶ月の間、ムーサディーテ王族ご子息であるアラガナの教育係をしろ。」


「えぇ〜〜?面倒くさいなぁ。」


と、頭をポリポリ掻きながらハナはアラガナを見下ろした。

アラガナは、ムチムチマッチョの大男に見下ろされ、小さな体がビクリと小さく飛び跳ねていた。そりゃ、そうだ。
こんな大男に見下ろされたら誰だってビビる。まして、アラガナはまだ10才なのだ。


「それにしても、オレに頼んでいいのか?
こんな美人なんて見た事ない。…なあ?色々ヤッちゃって大丈夫って事だよな?」


ハナはアラガナの全身くまなく舐め回すように眺めると、ゆっくりとアラガナに近づいて行った。

なんで近づいて来るのかとアラガナは、ドギマギと妙な緊張を感じ、少し、また少しとハナから距離をとる為、座ってる場所を少しずつ移動していった。

そして、ついにアラガナは肘掛けまで追い詰められてしまった。そんなアラガナをハナはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらジロジロと見ると

ソファーに片膝を乗せ、分厚くて大きな手でグワシッとアラガナの大事な部分を掴んできた。


「…う、ウワッ!?ぶ、無礼者っ!!
ど、どこを触っている!!?」


「どこって決まってんだろ?“ナニ”だよ。“ナニ”。」

ニマァ〜と不気味な笑みを浮かべて話すハナは、アラガナのアラガナ君をニギニギと揉みながらそんな下品な事を平気で言っていた。


「…な、“ナニ”だと…???」

“ナニ”なんて、今まで聞いた事もないアラガナ。ハナの言う“ナニ”が分からず…いや、もしかしたらと思いつつも、まさか、そんな下品な事を言う人間がいるはずないとそこの考えまで至る事ができなかった。


「…ぶはっ!10才にもなって“ナニ”も知らないのか?こんな温室育ちに、軍の訓練に参加させようだなんてとんだ鬼畜ヤローだな、王さま。」

そんな様子のアラガナを見て、思わずハナは吹き出してしまった。そして、悪い顔をしながらリュウキの顔を見ている。


「…お、温室育ちだと…!?ボクを馬鹿にしているのか!?」


「温室育ち以外の何があるってんだ?世間知らずのお坊ちゃんがさ。それに、オレに対して危機感が無いってのも問題だ。」

それにしてもと思う。このアラガナという少年。ハナの事が怖くないのだろうか?
アラガナからしたら、ハナは得体の知れない大男。それだけでも恐ろしく感じる筈だ。

だが、ハナに圧倒されてはいるものの自分の思っている事をしっかりと言葉にしている。

「……何を言っているんだ?」


「お前みたいなお綺麗さんはな。飢えた猛獣達の棲家に放り出されたら“女”代わりにされちまうんだよ。分かるか?」

ハナがここまで言ってようやく、アラガナは理解したようだ。

「…何をおかしい事を言ってるんだ!?ボクは、まだ10才だぞ!それに、男だ!!
…せ、性行為は愛し合う大人の男女がするものだろ!?」


そう言ってきたアラガナに対し、ハナは一瞬固まると次の瞬間。盛大に吹き出していた。


「ブハッ!どこの箱入り娘だよ!!
それにな。“もう”、10才じゃないか。
そんな細くて柔っこい肉を目の前にしたら、みんな堪んないだろうね。それに、男もここ使って女代わりさせる奴なんてゴロゴロいる。」

ハナはアラガナのお尻を鷲掴みにしモミモミと揉んできた。アラガナはその頭の良さから尻をどう使うのか分かってしまったようだ。
信じられないとばかりに顔面蒼白になっている。

そんなアラガナに、ハナはズイッと顔を近づけると


「絶対、お尻壊れるよ?裂けて血塗れだろうなぁ。…すっごく痛そうだ。」

なんて言うものだから、アラガナの可憐な口から「…ヒッ…!」と、小さな悲鳴が漏れていた。もちろん、サッと両手でお尻を隠していた。

「あと、女兵もいるから、こっちも狙われるな。…な?怖いだろぉ〜?
下手すりゃ、一度に何人も群がってお前を襲うかもしれないよ?マジでさ。
トラウマになっちまうのも可哀想だから、詳しくは話さないけどね。」

ハナは、アラガナにかなり強い脅しをかけた。


「強姦の話もそうだが。訓練は過酷でな。屈強な大人でも泣いて逃げ出す奴らも多い。
それを10才のお坊ちゃんが訓練について来れるとは到底思えないね。
やめとけ、やめとけ。お前がその中を切り抜けられるとは到底思えない。
悪い事は言わない。さっさとお家帰って、いつも通りの生活送っときな。」

と、ハナは言ってアラガナから離れ


「向いてないよ、お前。」

そう言い残し、その場を去ろうとした。

ハナの様子を見ていてリュウキは思った。
何だかんだ言って、ちゃんと考えてくれてるじゃないか。

初めてアラガナの姿を見た瞬間ハナは思った筈だ。

幼い少年。それだけで、悪い大人達の格好の餌食になるだろう。…いや、それは大人に限らないが。それに加え、とんでもない美貌の持ち主だ。性的に狙われない訳がない。

幼い頃からそんな過酷な環境の中、育ってきたハナからの“警戒心・危機感を持て”という忠告だ。


…そういう所だ

だからこそ、ハナが適任なんだがな

やはり、アラガナは預かる事はできない


…まあ、ハナの事だ

単に“教育係”なんて性に合わない。やりたくないって理由も大きいだろうが…


と、リュウキは兄に、やはりアラガナは預かる事はできないと報告しなければなと苦笑いしていたのだが。…だが。

しかしな事が起きた。


…ギュッ!


ハナは自分の人差し指と中指に違和感を感じ振り向いた。

すると、ハナの二本のぶっとい指を握り、睨み見上げるアラガナの姿があった。
もちろん、気配は感じてはいたがまさか自分の手を握ってくるとは思わず避ける事すらしなかったハナだ。

まさかの行動に、今度はハナがギョッとする番である。


「…ねえ。それってさ…ボクの事馬鹿にしてるんだよね?ボクは、大人にだって負けた事がないんだ。
あんまり、舐めてるとアンタが痛い目見ることになるよ?」

なんて、戦線布告してきたのだ。

ここで、リュウキとハナは思った。


“クソ生意気なガキ”


「…へえ?そうかい。じゃあ、試してみる?」

ハナは、悪ぅ〜い顔しながらアラガナに聞くも


「フンッ!後で吠え面かくなよ。ゴリラ男!!」

と、嫌味たっぷりにハナを挑発していた。


コイツ、世界一高い山よりプライドが高いんじゃないか?


…威勢だけは一丁前だね

どうせ途中で逃げ出すだろ


なんて、ハナはアラガナを軽視していた。

リュウキは、これはこれは正に水と油な二人だな。どうなるか楽しみだと笑って見守っていた。


これから一ヶ月、アラガナはハナと共同生活をしなければならなくなった訳だが。

ここで、リュウキとハナはアラガナに対し違和感を感じていた。


すこぶるプライドが高そうな奴ではあるが
“教育係を代えてくれ”と言わないな。

こんな野蛮で頭の悪そうな奴、ボクの教育係に相応しくない。とか、このゴリラ男に犯されそうだって理由で教育係を代えろなんて言ってきそうなものだが。

…いや、さっき。あんなに、お前の事をいやらしい目で見ている。性処理に使うぞ。と、ハナはアラガナにトラウマ級の脅しをかけていた。

だから、アラガナにとってハナは恐怖の対象でしかない筈だ。

もしかしたら、自分を過信評価しているアラガナは、ハナ如きに負けない。
自分は強いから襲われる心配もないし、なんなら相手をギャフンと言わせてやるくらいに思っているのかもしれない。

…なるほど。いくら、アラガナが頭がいいといっても、まだまだ人生経験の浅い子供。

だから、ハナはあえてここで

どんな汚い人間もいる。お前より強い人間もいるんだって事を身をもって教えなければならないと判断したのだろう。

きっと、怖いもの知らずで傲慢な子供は、その事さえ想像できないはずだ。自分なら大丈夫と過信してる。

怖いもの知らずほど怖いものはない。


ハナは思った。アラガナの自分の脅しにも臆することなく、こんなにも自信満々な態度が取れるという事は

“今まで、全然大丈夫だった。”
“そんな有りもしない事言うなんて気にしすぎだ。”
”ただの妄想を押し付けるな。”

その程度にしか思ってないのだろう。

まず、そんな事あってはならない。
だが、もしもの為の想定ができてなければ最悪の事態を招く事になる。それすら、考えが至らないのだろう。

いつだって、予想外、想定外、まさかで溢れている。


この子は、地位や能力、権力…そして類稀な美貌の為に、狙われる対象である事は間違いない。今まで無事だったのが奇跡的なだけだ。

たまたま、運が良かっただけに過ぎないだろう。


そこまで考えてハナは決心した。

なら、分かった

誰もこの子に、それを教える事ができないのなら私が“その役”引き受けるよ


ハナは、チラリとリュウキを見て、少し神妙な顔をして頷いて見せた。


これから、アラガナの過酷な一ヶ月が始まる。


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