イケメン従者とおぶた姫。

ーーー次の日の昼休憩時間ーーー


「あの人、どうしてもボクを側に置きたいみたいで…」

と、言うアラガナに


「…やっぱり、そうか。君にこんな事、言うつもりはなかったけど…。
ハナは、君を性の対象として見てるよ。信じがたい話かも知れないけど…子供を狙う性犯罪って多いんだよ。
驚くかもしれないけど、男が男を襲うって事も少なくない。」

ルカは、子供が狙われる性犯罪について説明してきた。


「君のような美しい少年はいつ誰に襲われてもおかしくないんだ。危険だらけなんだよ。
俺が、君を無理矢理にでも食堂に誘ったのは、子供の君を一人にしない為だよ。
俺には、君と同じくらいの子供がいてさ。それを考えたら他人事だとは思えなかった。とてもじゃないけど放っておけなかったんだ。」


ルカが、自分と同じくらいの子供を持つ親だと知りアラガナは安心した。

ああ、だからか。この気持ち悪い違和感。
母親が自分に向けてくるような視線にそっくりなのだ。

いつも、アラガナに激甘な母親。度が過ぎるほどの過保護で、どんな事でもアラガナが正しいと肯定してくれる優しい母。
父親そっちのけで、どんな時もアラガナと一緒にいたがるので最近ウザく感じていた所ではあったが。

小学生になった時、一人部屋がほしいと言った時はかなり泣かれた。“ママの事、嫌いになったの?”なんてしつこくて、宥めるのに大変だった事を思い出してアラガナはウンザリした気持ちになった。


「だから、いつもヒヤヒヤしてたよ。ハナが、君に何か悪さをしてるんじゃないかってね。
…大丈夫だった?もし、言いづらかったら無理に言わなくていい。いつでも相談に乗るからな。」

そう心配してくれるルカに、アラガナはある作戦を話し二人はそれを実行したのだった。


ーーーーーーーー


ハナは少し胸騒ぎを感じていた。


昼休憩という名のアラガナの経過報告も終わり、ハナが訓練場へ来たのだが

毎回のように、今度こそ捕まえてやるからな!と、息巻いてくるアラガナの姿が見当たらない。


「…あれ?オレの弟子、どこ行った?」

と、何人かに聞いてもアラガナの行方は誰も知らないようだ。

そういやぁ、昨日ずっとブーブー文句言ってたよな

この生活と訓練に嫌気でもさして家に帰ったか?

残り、あと一週間もないのになぁ

少し残念だけど、家に帰ったなら良かったよ

帰る家があるなら

自分を大切にしてくれる家族がいるなら、その限られた時間を大切にした方がいい


…けどなぁ…

なぁ〜んか、引っ掛かるな




ーーーーーーーーーー


ルカの家に来たアラガナは驚いていた。


ルカの家は高級住宅街で5分も歩けば、直ぐに大きな街があり栄えている。

アラガナの家と比べたら全然大した事がない家だったが、今朝までハナのボロボロの家で生活してたせいで

とんでもない豪邸に見えた。

驚いている様子のアラガナに、ルカはクスリと小さく笑っていた。


「さあ、中に入って。」


…スゥ〜…


ルカの豪邸の敷地内に入ると、一瞬だけなんだかよく分からない不思議な感覚がした。
だが、その一瞬だけで後は違和感もなかったので気のせいかとアラガナは思った。


それよりも


「ここが、今日からアラガナ君が使う部屋だよ。自由に使ってくれ。何か足りない物があったら遠慮なく言ってな。」

そう言い残し、ルカは部屋を出て行った。
アラガナの準備が整い次第、世界に誇る商工王国特有の武器術を教えてくれるとの事。

嬉しくない訳がない。


アラガナは、嬉しくって大きなベットにダイブし久々のフカフカのベットを堪能した。

もちろん、ルカの言いつけを守り少しも魔導を使っていない。

『魔導を使えると楽な事は多い。だけど、君の能力は素晴らしい。素晴らしいからこそ、俺達が下手に教えるべきじゃない。
もし、君に魔導を教えるのなら魔導レベルA以上の魔道士か超一流の魔導学教授や学者、研究者くらいだろう。』

と、ルカに言われた時は


…あ、この人、分かってる!

なんて、アラガナの心に、今まで感じた事のなかった希望がチラチラと顔を覗かせてきた。


『俺が君に訓練をつけるとしたら、魔導以外を教える。もったいないじゃないか!
君のように有能な少年が能力を開花させる機会も与えられず燻っているだけなんてさ。
せっかく武器術で有名な国に研修に来たんだから。ここで、武器術を学ばなきゃ勿体無い。』


そうそう!

それなんだよ

アラガナは、ルカの意見に強く賛同した。
本当にこの人はボクの事をよく見ていてくれてるし、理解しようとしてくれる。


『…なのに、あのハナって男。まったく、何を考えてるんだか。…ハア。
君が、訓練や勉強に専念できる環境も与えられない。それどころか、訓練も子供と侮って遊び始める始末。何一つ、訓練も稽古もつけてあげる事もない。馬鹿だ、馬鹿だとは思ってたけど、あそこまでとは思わなかったよ。』

ボクもそう思う!!

アイツは、本当の馬鹿だ


『この現状を知ってるはずなのに、何故か王様は君の教育係からハナを外さない。
ただただ、無駄な時間を過ごすばかりの君が可哀想だと隊長に相談してるんだけど。隊長はハナに任せれば安心だなんて謎の信頼までしてる始末だった。
…ハナは馬鹿だから嘘はつけないとか思ってるんだろうな。隊長は凄い人だけど、人を見る目がないのかなぁ〜、そこは残念だよ。』


アラガナが一番望んでる事、思ってる事をルカは言ってくれて、ボクの事を本当に分かってくれるのはこの人だと思った。

だから、ハナの言葉を無視してここに来たのだ。

自分の能力や力の向上の為に!

アラガナは、自分磨きに貪欲なのだ。

だって、一番になって下々を見下ろしたいから!!

親や先祖代々引き継がれる権力や力じゃなくて、自分の力だけで一番になりたいのだ。


この計画が決まってすぐに、アラガナは城に預けていた全ての荷物をルカの家に送っていた。

ハナがこんなに荷物があっても家に入りきらないからと言って、五日分のの衣服、下着類だけ持たされ、他全ての荷物は城に預けてしまったのだ。

本当は二日分と言われたが、かなり反抗してお互いに妥協に妥協を重ねて五日分までならという事になったのだ。本当に最悪だった。

実際にハナの家に行って直ぐに理由は分かったけど。あんな小さいボロ小屋にはアラガナの荷物は全部収まりきらない。
こんな家に人が住めるのかという強い衝撃は受けたが。


だけど、ここはハナのボロ小屋と違って設備も整っていて広い!
自分の荷物も全部持ってこれたし、何不自由なく何に邪魔される事なく有意義な時間を過ごせる!!最高だとアラガナは胸が高まった。

アラガナはさっさと荷物を片付けると、さっそく練習着に着替えルカの待つ一階のトレーニングルームへと向かった。

トレーニングルームも十分に設備が整っていて、ルカは既にトレーニングを開始していた。

そして、アラガナの姿に気がつくと


「早かったね。さっそく、練習を始めようか。」

と、アラガナに武器術の基礎からしっかりと教えてくれた。


「…凄いよ!アラガナ君。本当に初めて?
最初からこんなに出来る人なんて見た事ないよ。」

ルカの教え方も上手で、褒める所は褒める。
注意する所はしっかり教えてくれる。飴と鞭の使い分けが上手くアラガナは


コレだよ、コレっ!!!

こういうのがしたかったんだ

と、目を輝かせながらトレーニングを頑張っていた。

ルカもアラガナが王族だとは知らないので、遠慮なく同等な立場でいてくれるのも嬉しい。

アラガナの望むものがここにはたくさんあった。

食事だって、家政婦さんが作ってくれるし洗濯も水汲みだってしなくていい。一時間掛けて山の登り降りもしなくていい。
お風呂もあんなドラム管なんかじゃないし、シャンプーとコンディショナー、ボディーソープもちゃんとしたメーカー品だ。

全部、石鹸で済まそうとするハナにも見習ってほしいもんだ。

早く出世して、まともな生活できればいいね。と、ハナにちょっとしたエールを送れるほどまでに心にも余裕ができた。


余計な疲れもないから、部屋で自分の勉強に専念できる。最高だ!

ハナから逃げて大正解だ


なんて、ベットの上で今日一日の出来事を思い返していたアラガナだったが

…チクリ…

何故だろう?

自分が望んでいた生活、訓練だというのに何かが引っかかる。胸が痛むのだ。

充実しているはずなのに、何かが物足りない。

その度に、ハナとのある意味濃ゆい生活を思い出してしまう。

最初こそ、直ぐにでも逃げ出したくなるくらいに最悪な生活だった。
あまりに不便過ぎるし、本当に何もない、揃ってない。ないないだらけで。

ハナの印象も最初は、ほんっとうに最低最悪だった。

何も考えてなくて行き当たりばったり。計画性も何もあったもんじゃない。
生活能力もゼロで、本当にだらしが無い。暇さえあれば寝てるグータラ男。

頭もすこぶる悪くてバカだし。

事あるごとに、アラガナの事をエッチな目で見てくる野蛮なド変態だし。

アラガナが毛嫌いする人種だ。


…だけど、一緒に生活しているうちに頭のいいアラガナは気づいてしまった。


…アイツ…考えてないようで

実は、ボクが思ってるよりずっとずっと色んな事を考えてくれてるんだよなぁ

茶碗や箸、布団だってハナの物は使い古しで汚いのに、アラガナのは新品だった。色々慌ただしくて、それに気づくのに五日くらい掛かってしまったが。

それに、何に対しても無頓着で鈍感だと思ってたハナが、アラガナの本当に些細な細かいところにも気づいてくれてた時には驚いた。

まさか、あのハナがそんな訳ないと最初の頃は疑った事もあったが…それも違った事に気づいた。

なんだかんだでハナは、ちゃんとアラガナを見ていてくれた。それに、色々考えてくれてたに違いない。…多分…

ぶっきらぼうで分かりづらくはあるが…誰よりも心優しい人だ。


…トクン…

自分の優しさを隠してしまうような人。
きっと、誰もハナの優しさに気づけないだろう。本当に不器用だと思う。


きゅぅ〜…

…たまに、感じる頭を撫でられる感覚。大きくてゴツゴツしてるのに、撫でる手付きはとても優しくて…心地がいい。


…トクン…

ハナの事を考えると罪悪感ばかりが込み上げてきて、さっきまでの高揚感はシナシナ〜と萎んでしまっていた。


…やっぱり、ちゃんと承諾を得てから来るべきだったよね

ルカ副隊長に、ハナの了承を得てからまた世話になる趣旨を伝えよう

まずは、ハナの説得からはじめないとね


…それにしても…

ボクが居なくてあの人、大丈夫かな?

あの人、ボクが居なきゃ生きていけないでしょ


なんて生活能力皆無のハナを心配した。

一緒に生活するようになって三週間程経つが、ハナのあまりのだらし無さにアラガナは、痺れを切らし家事、洗濯などの勉強をして掃除洗濯、料理、日曜大工まで率先してやるようになっていた。

今じゃ、あの汚くてどうしようもなかった家も、アラガナのおかげでボロボロながらピカピカだ。料理だって上達して、城の食堂で出される料理にだって負ける気がしない。

それはそうと、アラガナはルカと話さなければと起き上がろうとした。

…だが


「……?」


…あれ?

…おかしい…体に力が入らない


疲れて動けないのとは全然違う。全身から力が抜けて…強い眠気まで襲ってくる。
今まで経験した事のない体の脱力感に、アラガナは恐怖した。

その時だった。

カチャリ…

ドアの鍵が開けられたような音がしたと思ったら、ノックも無しに部屋のドアが勝手に開く音がした。…誰か、入ってくる。

アラガナは、この言われようもない恐怖に全身凍りつく思いがした。

体が動かないし…これって、心霊現象ってやつ!?そう思うと、怖くて怖くて仕方なかった。ボクの魔導でやっつけてやると思ったが、何故か魔導も使えない。声すら出ない。

どうしようと恐怖で怯えている内にも、幽霊らしき人物は容赦なく近づいてくる。


…く、来るな…来るなっ、来るなっ!!!

アラガナはギュッと目を瞑り強く念じた。

しかし、アラガナの願いも虚しく幽霊は消えてくれなかったらしい。アラガナの直ぐ近くに気配を感じる。

しかも

…さわ…

と、アラガナの太ももが触れられた感触がして、アラガナはあまりの気持ち悪さに全身ゾワァ〜〜!っと、寒気が走った。

それだけではおさまらなく、幽霊はアラガナの足をスル〜っと撫でてきたのだ。


…ウワッ!!?

き、気持ち悪い!

嫌だ、やめてっ!!


気色悪すぎて、アラガナは力いっぱいに


「……や、やめ…ろっ…!!!」

と、声を出した。本当は力いっぱいに叫ぼうって思ったけど、今のアラガナにはこれが精一杯だった。


「…驚いた!声を出せるのか。
君が特殊なのか、薬の効き目が弱かったのかな?いや、こんな事は初めてだよ。」

と、聞いた事のあるような声がした。強い眠気のせいで目を開けるのが辛いが、ここで目を開けなければいけない気がして目を開けた。

幸いな事は、頭の中はハッキリしている事。目はしっかり開けられなかったが、薄っすらと見える。

そこで見えたのは

絡み付くような粘っこい目でじっとりと自分を見るルカの姿。

何故、こんな所に?

と、いう疑問は直ぐに解決した。


「…君は、本当に美しいよ。
初めて君を見た時、君のこの世ならぬ美しさにすっかり心を奪われた。四六時中、君の事ばかり考えてたよ。どうやったら、君を俺のものにできるのかってね。」

ルカは、アラガナの頭に手を置くとチュッときめ細かく柔らかな頬に口付けた。


…ゾワワワッッッ…!!!

気持ち悪くて全身の寒気が止まらない。吐き気がする。嫌だ、本当に嫌だ。


「君を狙ってる奴もたくさんいてね。隙あらば、君を何処かに連れ込んで強姦しようってのが見え見えな奴もいたし。実際、そんな会話も聞いたよ。」

…ゾッ…!

…え!?

ルカの衝撃発言に、アラガナは恐怖のあまり固まってしまった。


「いつ誰に、君を奪われるかハラハラしてたんだけど。ハナがさ。」


…ドキッ…!

…ハナ?

「いつでもどこでも、ぴったりと君の側に居るんだよ。だから、誰も君に近づく事はできなかった。そこはホッとしたよ。
けど、その分俺にもチャンスはないわけでヤキモキしてた。
だけど、昼休憩中ハナが君から離れて何処かに行った時にはラッキーって思ったよ。
ハナが居ない時は隊長が君の様子を見ていたみたいだけど。」


…それって、もしかして…

もしかしなくても、ハナはずっとボクの事守ってくれてたって事?

「俺が君を食堂へ連れて行って、一緒に食事をしている姿を見て隊長も安心したみたいだったよ。みんなの信頼を得ている俺なら安心だってね。

おかげで、トントン拍子さ。こんなに上手くいった!」

ルカは凄く嬉しそうに自分の計画をアラガナに話してきた。


「もちろん、君を手に入れる為に対策は怠らなかったよ。君の天才的な魔導を目にした時には、悔しいけど魔導では絶対に敵わないって思ってたからな。
だから、君がここに来るのを想定して魔力を封じる結界の魔具(魔法、魔導の道具)を使って、敷地内を張り巡らせておいた。
…ハハ!な?全然、魔導使えないだろ?」


…ゾクリ…


…あ…

だからか!

ボクに逃げられたら困るから

直ぐにバレないように“訓練だから魔導は使わないように”って、しつこいくらい何回も念を押してきたのか

それに、この敷地内に入った瞬間に感じたあの違和感…!

…なんで、なんで、こんな単純な罠に引っかかってしまったんだ!!

ボクとした事が、あり得ないだろ!?

よく考えれば分かる事だったのに!あの時こうしていればと後悔で自分を責めていた時、ふとある事を思い出した。


「……こ、子供は…?子供がいるって……嘘だったの?」

ルカの家に着いたばかりの時、奥さんや子供の姿が見えなかった事を疑問に思ったアラガナは、すぐにその質問をしたのだが

『妻が妊娠中で里帰りしてね。息子も妻について行っちゃったんだよね。ほら、俺の仕事って不規則だからさ。息子を一人にする時間も多くて寂しい思いをさせちゃうからね。』

と、納得の答えが返ってきたので、アラガナはそれを信じたのだった。


「確かに、息子はいたけど“壊れちゃって”ね。」

…壊れた?

何を言ってるんだと、ルカを見ていると


「汚らわしい妻が浮気相手の所に行ってる間だったよ。天使のように可愛い息子への欲望が止められなくてね。
その時、初めて子供を抱いた。最高だった!
穢れを知らない無垢な体に夢中になってたらさ。気がついた時には息子の息が止まってたんだ。もっと早く気がつけば良かったんだけど、夢中になり過ぎて息子の限界に気がつけなかったんだよ。
その当時息子は君よりもずっとずっと幼かった。生きていたら君と同じ10才だった。
まだ幼いから、大人の体力についてこれなかったんだね。可哀想な事をしたよ。」

と、申し訳無さそうな表情を浮かべるルカにアラガナは、恐ろしい悪魔を見た様な恐怖を感じ絶望してしまった。

世の中に、こんな恐ろしくも悍ましい人間がいるなんて…

そんな人間に、まんまと騙されて自分はここに居る。


「妻は浮気ばかりする汚い女でさ。嫌気がさしてたんだよ。浮気性の妻を憎むようになって、そしたら、全ての大人が汚い汚物に思えてきたんだ。
どうせ、次々に相手を取り替えるような汚い生き物なんだろってね。
それに比べて子供はそんな事しない。誰にも汚されない綺麗な体。俺だけしか知らない清い体なんだ。素敵だよね!」

と、神聖なもののように喋るルカに、アラガナはゾッとした。


「そして、今日という日!俺は素晴らしい宝を手に入れた!!これから、ずっと俺と愛し合おう。何不自由ない生活を約束するよ。
君を大切にする。息子の時のような間違いはおかさないさ。
君の体を壊さないように、ゆっくり時間を掛けて俺を受け入れてもらうようにするからね。安心して。」

ルカは、慈愛に満ち溢れた雰囲気を醸し出しながら、ねっとり粘つくような目でアラガナをうっとり見てきた。

そして、アラガナに覆い被さってきた時


…い、嫌だっ!!

だ、誰か…誰か、助けてッッッ!!!

…ハナ!ハナッ、助けて!!!


本当のピンチを迎えた時、アラガナが強く助けを求めたのは父でも母でもない。
出会って、三週間程しか経ってないはずのハナであった。

ハアハアと気色悪い息を荒げ、アラガナの首筋に舌を這わせ衣服の中に手を入れられ弄られているのに何も抵抗できない。
魔導も使えない、薬のせいで体に力の入らないアラガナは無力であった。


「……い、嫌だ!…ハナ、ハナ…ッッ!!」

と、涙を流すアラガナに


「…どうして、君“も”俺の愛を嫌がるの?
こんなに愛してるのに。息子もそうだった。嫌だって泣き叫んでたよ。痛い、痛い、ママ助けてって。だから、うるさい口を塞いだんだよ。」


当時の事を思い出したのだろう。ルカは、酷く傷ついたように自分は悪くない。悪いのは、妻と息子だと自分を正当化した話ばかりしてきた。

妻は分かる!確かに、浮気はダメだ。そんなの許さなくていい。思う存分恨んだらいい。そもそも、浮気するくらいなら結婚しなきゃいいって思うけど

だけど、子供は違うだろ!!

…酷い、あまりに酷すぎる

犠牲になった子供が可哀想でたまらない

アラガナはどうしようもない感情でぐちゃぐちゃになっていた。
妻の浮気で人間不信になってしまった被害者のルカ。妻のせいで精神に異常をきたし…子供がルカの犠牲になってしまった。

…なんて悪循環なんだ…


「…それに君って奴は浮気性だね!俺がいるのに他の男の名前を呼ぶなんて。
しかも、あの馬鹿の名前をさ。不愉快だよ。」


バチーーーーーンッ!!!

と、ルカは感情のままにアラガナの頬を力いっぱいに平手打ちをした。

そして、直ぐに我に返り

「…ごめ…ごめんな。こんな事するつもりはなかったんだ。…けど、愛する君が他の男の名前を呼ぶから…。痛かったよね?ごめんな、ごめんな…」

と、叩いた頬を優しく撫でたくさん気色悪いキスをしてきた。打たれた頬にキスされてる間、もう逃げられないと悟ったアラガナは絶望の中こう思っていた。


…自分もルカの犠牲者になってしまう…嫌だ…どうしてボクがこんな目に…!

…ハナの言う事聞いてれば…

ハナの言いつけを守らなかったバチが下ったのかな

…ハナ、ハナ、ごめん…


…ごめんなさい…


ルカのキスが手の動きが…雰囲気が少しずつ、性的な動きに変わってくるのが何となく分かる。…もう、ダメだ。
ここで自分はこの男に犯されるんだとアラガナは失意のどん底に落ち入り……諦めた。


……早く終われッ!

なにねちっこく、耳舐めてんだよ!気持ち悪いッッッ

ボクは女じゃない!なのに、胸なんか触って気持ち悪いんだよッッッ

…終われ、終われ…早く終わってよッッッ

こんなの屈辱でしかない…こんな…こんな…


…ダメだ、こんなんじゃ気持ちがもたない!別の事考えて、何とかこの気持ち悪いのを我慢するんだ!

……ハナッ!これがハナだったら、どうだったろ?

ハナは、ボクの事狙ってたからね

変態ハナ、バーカ、バーカ!

…………。

…こんな事になるんだったら、ハナにあげれば良かった


と、まで考えて、ハタっと思った。


ハナは強い。どのくらい強いか分からないけど…あれ?

…ハナなら力ずくでボクを犯す事できたんじゃないか?なのに、狙ってる素振りは見せても実際に襲ってくる事なんてなかった


それにしても、さっきからしつこく胸触るから痛いんだけど!

…うわっ!

耳終わったと思ったら、なに、なにっ!!?ほっぺ吸ったり舐めたり…気持ち悪いし…
…ヒッ!!今度は口にキスしようとしてる?!!

…ヤダ!やっぱり、嫌だよ、ハナ!!


気持ち悪いッッッ


「……は、ハナッ!!助けて、ハナッ!!!!!」

と、気持ち悪さの限度を超え、拒否反応で全身が寒気でブルブルと震えていた。


「……ッッッ!!?君って奴は、またっ!!?」

他の男の名前を叫んだ挙げ句、その男に助けを求めるアラガナにカッとなったルカは、アラガナを殴ろうと手を振りかざした。

それを見てアラガナは恐怖でギュッと目を瞑ろうとした瞬間だった。外の窓から大きな人影が見えた。と、思ったら


ガッシャーーーン!!!


窓ガラスどころか、部屋の壁全てが派手に粉砕して消えていた。おかげで、景色の眺めは最高である。


「…だ、誰だ!!?」

と、ルカが焦って元窓ガラスのあった場所を見るとそこには誰もいない。

かわりに


「…おいおい。どーこ見てんだよ?」

と、いう声。何が起きているのかと声のする方を見れば


「……は?なんで、お前が…!?それに、いつの間にっ!!?」

そこには、アラガナをお姫様抱っこして立っているハナの姿があった。

しかも、愛するアラガナは何故かハナの首にしがみ付き


「…ハナッ!ハナッ…ごめっ…ごめんなさいぃ〜〜〜!!!」

と、タガが外れたように大泣きしていた。

それを、ハナは「…遅くなって、ごめんな…」と、声を掛け小さな子供をあやすようにポンポンと優しくアラガナの背中を叩いている。


「…な、なんで、ここが…?」

来るはずのない人物の登場に、すっかりルカはパニックに陥っている。


「…いやぁ〜。誰にでも優しくて周りの信頼のあついおまえがね。隊長もおまえを信頼しきってたしオレもすっかり騙されちまったよ。」

「…なら、なんで…?」

完璧な計画なのに、どうしてとオロオロするルカにハナは言った。


「…まあ、最初こそはアラガナが、貧困生活と訓練が嫌になって実家にでも帰ったかと思ってたんだけどな。…けどだった。
一緒に過ごしている内に感じてたんだよ。コイツのバカ高いプライドと一番になりたいって貪欲さをさ。」

「……は?なに、言ってるんだ?それが、ここにアラガナ君がいる確証にはならないだろ。」


「確証だらけだろ。だからこそ、アラガナが訓練から逃げ出すなんてないって思った。
もし、オレの前から姿を消すとしたら理想の訓練場を見つけた時だって思ったんだ。
……まあ、グダグダ言っててもしゃーない。
とにかく、“私”は腹が立ってるんだよ。」

と、いつの間にか目の前にいるハナに驚きを隠せないルカ。自分を見下ろしてくる大男の威圧感って言ったらない。

あまりの圧に、ルカは言葉を失い呆然とハナを見上げるしかなかった。まさに蛇に睨まれた蛙状態。


下っ端のくせに、バカのくせに…ハナのくせに…なんで、こんなに恐ろしく感じるんだ?と、ルカはパニックが加速していた。


「…一つ目は、私の油断から出た失態。二つ目は、おまえのような悪魔をのうのうと野放しにしてた事。三つ目は…アラガナにしなくてもいい恐怖を味合わせちまった事だよっ!!!」

と、言ってルカに拳を振り落とし、その風圧だけでベットごとルカを吹き飛ばした。


…絶対、これ…本気じゃない

本気じゃなくても、やっぱりこんなに強い

それを見ていたアラガナは、ハナの強さを痛感していた。そして、ハナの責任感の強さと…

…キュゥゥ〜〜〜…

そう思ったら、アラガナの胸はキュンキュンと締め付けられるような高まりを感じていた。
いつからだろう。ハナを知れば知るほど、今まで感じた事のない気持ちが溢れてくる。


…相当なまでに自分が許せなかったのだろう。ハナは、怒りのままフー、フーと息を漏らし、ルカを殴り殺してやりたい衝動を必死に堪えていた。

…ハナ、ハナ…もう、いいよ

大丈夫だよ、落ち着いて

そういう気持ちを込めて、アラガナはハナのほっぺにチュッ!と、キスをした。
それによって、ハナは驚き我にかえる事ができた。


「…び、ビックリした!大丈夫だったかい?
…いや、とりあえず実家に連絡して親御さん達に迎えに「……嫌だっ!!」

こんな怖い目にあったのだから親の側に居る方がいいだろうと判断し、アラガナに声を掛けたのだが。

ハナから離れまいと必死にしがみ付いて「嫌だ、嫌だ!!ボクを見捨てないでっ!ハナッ!お願いっ!!」と、すがりつくアラガナの姿にハナは酷くショックを受けた。

プライドの塊のようなアラガナが、私なんかにこんな姿を晒すなんてと。

だが、自分まで辛さを表面に出すわけにはいかない。負の気持ちを隠して、ハナは自分に向かってしっかりしろっ!!と、叱咤し


「よしっ!分かった。一緒に家に帰ろう!」

と、アラガナをギュッと強く抱きしめるとそう言った。その言葉にアラガナは少し驚くものの

いつもの陽気さも笑いもない、震える手で自分を抱きしめてくれるハナに感謝しかなかった。


きっと、ここで気丈にもハナがアラガナを元気付けようと無理に笑顔を作ってたとしたら…陽気さを全面的に出していたら

きっと、アラガナはハナに理不尽な怒りを持っていただろう。

自分がこんなに苦しんでいるのに、どうして笑ってるの?傷ついてるのに…陽気でいられるの?…所詮…他人事なんだと絶望していたに違いない。


しかし、ここでハナは大きな誤算を生む事になる。


きっと、犯されかけたアラガナはその事を両親に知られたくないはずだ。

助けに入った時、まず先に着目したのがどの程度行為が進んでしまっているかだった。
ハナが来た時には不幸中の幸いとでもいうのか始まったばかりのようだった。

だが、しかし裏を返せば多少なりとも触れられた所があるという事でもある。


アラガナの気持ちを思うと、何故もっと早くに気づけなかったんだと自分が情けなくなる。
そして、アラガナに対し申し訳ない気持ちしかない。

助けられたが助けられなかった。

自分のせいで、経験しなくていい最低最悪の恐怖を味あわせてしまったのだから。


…クソッ…!

私のせいだ!!


その日、ハナは誰に報告する事もなく無断でアラガナを自宅へと連れ帰った。

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