ドイツ人なら良かったのに
エピローグ
婚約した彼と飲み屋を出てからずっと彼は喋り通しだった。
時折、握られた手に力が入るのがわかる。「今日の式場、良かったね。私、好きだな。」
会話が途切れた頃合を見計らって、式場の話をする。彼は、どこか安心したように私を見て笑った。
だけど、飲み屋街の不健康な風が私たちの間をすり抜けて束の間の笑顔を奪う。
彼は泣きそうな目で私を見ていた。
「行かないでよ?どこにも。」語尾に弱々しさは微塵もなく、私を突き刺す。
一瞬、ほんの少しだけ黙った後、
「行くわけないでしょ。大丈夫。」と彼の手を握り返した。
最後の「大丈夫」は、雑踏にもまれて彼の耳に届く前に消えてしまったと思う。それくらい小さな声になってしまった。
握った手は大きくて私の手はすぐに彼の手に包み込まれてしまう。きっと彼は、私と結婚することが私を縛り付けることだと思っている。
違うのに。
彼がいたから、彼と出会ったから私は抜け出すことが出来ない、身を浸していた過去から踏み出すことができた。
私の中にいつもあの人がいることが分かっても手を握り返してくれる。
この人と結婚することにして良かった。
毎日思うのだ。
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