黙って俺を好きになれ
目は合わせられなかった。一息に終わらせて、この場から早くいなくなることしか考えてなかった。

「・・・結婚するんですね」

疑問形にしないで断言した。

「誰から訊いた?・・・山脇(やまわき)か」

一段低く下がったトーン。否定しなかった。・・・名前が運転手さんを指していることもすぐに悟った。

「それがどうかしたか」

微塵も迷いを感じなかった声に、無意識に視線が引き摺り上げられる。私を見下ろす幹さんの表情は喜怒哀楽のどれでもなく。逆なでされた感情が一瞬で弾ける。

「どうか、って。じゃあ、どういうつもりで私を・・・?!」

「惚れてる女を抱いた、・・・それだけだ」

「そんな理屈、身勝手すぎます!」

「これからも手放す気はない。俺の女はお前だからな」

「無理ですッ」

全身で叫んだ。

「結婚するって分かってて・・・っ、どうやって一緒にいろって言うんですかッッ」

普段から感情の起伏は激しいほうじゃない。他人との摩擦を避けて飲み込めるだけ飲み込むタイプだ。こんなにも振り切れたのは初めてだったかもしれない。

悲しい。
口惜しい。
腹立たしい。
情けない。

幹さんにじゃない、自分にだ。疑いもしないで裏切られた愚かな自分が惨めなだけだ。

もう恋なんて。
好きになんて。


「信じられる人間()はお前だけだ。・・・・・・俺を一人にするな、イトコ」


抱き竦められて。深い声が私の髪に(うず)まった。・・・見えない(いばら)に絡みつかれた。引き千切る力なんて有りはしなかった。





あなたは本当に。どこまでも卑怯な人だった。
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