黙って俺を好きになれ
手早く化粧崩れを直し、鏡の中の自分と向かい合って両頬を軽く(はた)く。考え込むのは一人になってからにしないと。深く息を逃した。

婦人用の入り口を出たところで薄明るい通路に立つ人影が視界に飛び込んだ。腕組みをして壁にもたれていたのが幹さんだとすぐに気付いた。

思わず足が止まったのをゆっくり歩み寄ってきたあなたは、伸ばした手で顎の下を捕らえ私の顔を上向かせる。

「泣かせたか」

「・・・幹さんのせいじゃないです」

隠せなかったのなら、泣いていないと嘘を吐いてもしかたがない。読めない闇色の眼差しを見つめ返し。

「迷うばっかりで・・・ごめんなさい、もっと私が大人で」

幹さんに見合う相手だったらよかった。

途中、唇で塞がれた。躰ごと強く抱き込まれ、低い声が頭上にくぐもる。

「謝らなくていい。堅気(カタギ)のお前にいつ愛想つかされるのかってな、・・・たまらねぇのは俺だ」
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