黙って俺を好きになれ
高級店の味とは比べようもないはずなのに、ありふれた料理を綺麗にお腹に収めてくれた幹さんは。

『夕(メシ)はなんだ?』

食べ終える前にしたり顔でリクエストをくれた。どうやらアパートに送ってもらえるのは今夜遅くになりそうな。あとで余った諸々(もろもろ)の食材と相談してレシピのアプリに助けてもらわないと。

洗い物をしながら笑みがほころぶ。幹さんに喜んでもらえるのが嬉しくて楽しい。また作ってあげたい、なにかしてあげたいと素直に思えてしまう。

シンク周りを拭きあげ、ぐるりとキッチンスペースを見回した。前は冷蔵庫くらいだったのに調理家電がひと揃いしたボードが置かれ、すっかり様変わりしている。幹さんの愛情表現はストレートで伝わりやすい。想われている幸福感が申し訳なさを少しだけ負かして、心の中がじんわり暖かかった。




「つか・・・」

食後の珈琲でもどうかとリビングを覗き、かけようとした声がそのまま引っ込む。幹さんの姿がどこにもないのだ。

トイレにでも立ったのかとソファの脇まで来て小さく笑いが零れた。道理で見えないと思ったら、クッションを枕代わりに横になって転た寝をしていた。
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