黙って俺を好きになれ
8-1
一日だけ休んで出社した私を、エナは何も訊かずに『無理しないでよー?』と明るく励ました。岸波さんも課長も“病み上がり”を気遣ってくれた。今まで必要以上のコミュニケーションを取らずに来たし、関心は持たれてないだろうと思っていた。・・・勝手に壁を厚くしていたのは自分の方だったのかと、少し思うところがあった。

筒井君とはエレベーターで一度。向こうは事業部の社員と一緒で挨拶をしただけだった。すれ違いざま目が合った。

私は幹さんを信じてる。変われないと思いを乗せた。キミは受け止めて投げ返しはしなかった。・・・気がした。





昨日休んだ分というほどでもないけど、切りのいいところまで仕事を片付け、普段より退社時間が15分ほど遅くなった。おおかたの女子社員が排出されたエントランスに人影はない。擦り切れそうな自分を取り繕わなくて済む。深い嘆息を漏らした。

自動ドアをくぐり抜けると、春には先の長そうな冷たい夜気に顔を撫でられる。マフラーに埋もれるようにして駅に向かって歩き出しかけ、足が止まった。息を忘れた。

突如、自分の前に横着けされた高級車は。見間違いじゃない黒のセダンだった。
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