黙って俺を好きになれ
あの夜から。なにかにつけて記憶が掘り返される、時間が巻き戻る。でもすぐに、顔と姿は大人になった先輩に上書きされて。人が悪そうに笑うあの人しか思い出せなくなる。押し当てられた唇の感触が蘇ってしまう。

縦書きの文字を目で追うのをやめてスマホを手放し、仰向けになった。

三度目の偶然があるとも思えないし、“次は”・・・なんてその場の雰囲気で言えなくもない。連絡先も教えあってないで現実的じゃない、・・・分かってる。

薄い市松模様になっているアイボリー色の天井を見つめ、勝手に溜息が漏れた。私はまた会いたいって思ってる・・・?あの頃とは違うのに。

普通に考えたら関わっちゃいけない人。なにかあったら自分だけじゃない、お父さんやお母さん、親戚や会社にも迷惑をかけるかもしれない。頭では冷静に分析できている。

自分がしっかりして、ちゃんと線引きしていれば大丈夫?
高校時代の先輩後輩、それ以上でもそれ以下でもないって。

答えを曖昧に置き去りにしたまま、のそのそと起き上がった。

元旦の夜、高三でクラスが一緒になった志保からグループラインで同窓会の誘いがあった。お正月で集まりやすいと思ってるんだろう、帰るのは明日だし断るのも気が引けてOKした。彼氏持ちの二人は欠席、志保に私、梨花(りんか)の三人でこれから会うことになっている。

待ち合わせは、高校時代みんなで遊びにも行った大きな繁華街がある駅。中央改札口脇に14時。半端な時間の狙いは、とあるビュッフェのスィーツバイキングにあるらしい。・・・甘い物は嫌いじゃないけど。

気乗りしない本心を吐息で逃すと、部屋の扉を閉めて一階へと下りた。




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