黙って俺を好きになれ
自分の街の駅に降り立ったのは暮れがかりの16時過ぎ。強すぎない北風が吹く中、アパートまでの道のりを歩く。

大通りを一本左に入ると、公園があったり小さい畑があったり閑静な住宅街が広がる。引っ越してきた頃に比べて新築アパートも増えた。車もすれ違える道沿いにココア色とチョコレート色、ツートンカラーの建物が見えてきたらそこが私の住むアパートだ。

あともう一息。脚を早めかけた時。ショルダーバッグの中で規則的なバイブレーションの振動。立ち止まりスマホを取り出す。画面に表示されたのはアドレスには登録されていない番号。

基本、知らない番号には応答しない。眉を顰めしばらくスマホと睨み合う。けっこう長い時間呼び出され続けようやく大人しくなった。・・・間違いかな。バッグに仕舞い直そうとしてまた着信が。

『間違いです』って言おうかと画面を見れば、筒井君からだった。

「はい、羽坂です」

『あーやっと糸子センパイの声が聞けたー!もう帰ってきましたー?待ちくたびれて電話しちゃいましたよー』

待ちきれなくて・・・なら日本語の使い途も間違ってない気がするんだけど。私が待たせた感が、なんかちょっと納得しかねるというか。

『あ、それより、明けましておめでとうございまーす!今年はオレと良い一年にしましょーね、糸子さん』

「明けましておめでとう。あの・・・今年もよろしくね」

スマホを耳に当てて歩き出しながら、先輩としての挨拶をする。

『あれ?もしかしてまだ外にいます?』

室内じゃない雑多な音を拾ったのか、筒井君が気が付いたように。

「もうすぐ着くけど、なにか急ぎの用だった?」

そうじゃないなら折り返そうかと思って。

『急ぎじゃないですけど、センパイ、明日ヒマです?』

「明日?特に予定はないけど・・・」

『じゃあ出かけましょーよ!オレ行きたいとこいっぱいあるんでー』

スマホの向こうで尻尾をブンブン振ってる大型犬の幻が見える。
< 44 / 278 >

この作品をシェア

pagetop