黙って俺を好きになれ
三度目は。偶然なんかじゃないのは理解できていた。里帰りしていたことも何も知らずにこの人がここにいる筈がない。ましてこのタイミングで。それでも口から零れ出た。

「・・・先輩、どうしてここに・・・?」

前は二度とも夜で、まだ薄明るい時間に顔をちゃんと見るのは初めてだった。左のこめかみに2センチくらいの一文字に切られたみたいな傷痕があった。咄嗟に気付かないフリをした。

「俺が用もない女に会いに来るのか。さっきも電話してやったのに出なかったのはどいつだ」

上からすっと目を細められ、強面(こわもて)より先輩ぐらい顔立ちが整ってるほうが冷酷さが増す・・・というか。

「その割に他の男の電話に出るのは、やけに早かったがな。俺が先約で間違ってるなら言ってみろ、聞いてやる」

・・・・・・さっきの知らない番号が小暮先輩だったなんて。分かるほうが普通じゃないし、というより私の番号、一体いつどこで入手したんですか・・・・・・。

責められてる理由に心当たりはないんだけど、慄きながらも小さく首を横に振ってみせる。

「イイ子だ。なら行くぞ」

「え・・・っ、あのっ?」

「美味いものを食わせる約束だったろう」

一転して淡い笑み。もう逆らえる気がしない。・・・だけど嫌じゃない。

困っていいのかどうしていいのか。惑ってる間に肩に腕が回され、アパートを目前にしてそのまま逆戻り。すぐそばの自動販売機の手前に黒いセダンが停まっていた。なんとなく記憶はあった。筒井君と会話をしながら脇を通り過ぎたような記憶が。
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