黙って俺を好きになれ
「・・・・・・先輩に会いたいって言われたらどうしようもないの。筒井君にひどいことしてるのは分かってても・・・自分でも止められない。・・・ごめんなさい、今はだから」

「いいよ、行って。ずっと待ってるから」

「・・・!」

悲しみ、口惜しさが()い交ぜになった気配で遮り、どうしても私を引き止めようとする。

「オレが可哀相だと思ったら帰ってきてよ、・・・糸子さん」

最後は力いっぱい抱き竦められてから両肩を押し出された。
躊躇いがちに振り向けば、赤い目をした彼が無理やり笑う。

「糸子さんを好きで好きでしょうがないオレがいるって・・・忘れないでよ」

ふにゃふにゃ笑って涙を零す。

刹那。込み上げて自分の目からも熱いものが溢れ落ちた。歪んだ顔を俯かせ嗚咽を堪える。泣いていいのは私じゃない。何度言い聞かせても肩が震えた。

「泣くくらいならオレを好きになってくださいよー」

鼻をすすり上げて筒井君がわざと茶化す。茶化しながら目尻を優しく指で拭われる。それでも頬を伝う雫を、唇で吸い取ってくれたのを私は拒まなかった。

黙ってそっと唇に口付けられたのを。拒まなかった。



なにも答えられなかった代わりに。



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