黙って俺を好きになれ
「行くぞ」

促されるまま踵を返しかけて。

「糸子さんを巻き込むなよ」

後ろから筒井君の冷えた声が私達を追う。

「住んでる世界が違うってアンタが一番わかってんだから!」

脚が止まりそうになったのは私。それを先輩は許さずに聞き捨てる。

押し込まれ気味に後部シートに収まれば、すぐに車が発進した。振り返ることもできないで筒井君を置き去りに。

見えない矢に射貫かれて、心臓から一気に広がっていく痛み。このひとが裏側の世界で生きる人だと知っているのに。・・・今さら私は。

「イトコ」

どこか有無を言わせない静かな声に俯かせていた顔を上げる。

「言い忘れてたことがある」

今度は感情の読めない眼差しに射貫かれていた。

「あのころ俺はお前に惚れてた。・・・今も理屈ぬきでお前に惚れた。手放す気はねぇよ、悪く思うな」
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