きみがため
「霜月川の花火大会で一緒にいるところを、見た子がいるんだって」

どうやら、私の知らないところで、目撃情報が広まっていたらしい。

「委員も部活も一緒だし、付き合ってるの確定って思われてるみたいよ」

「……だから、付き合ってないから!」

噂って、本当にひとり歩きしてしまうんだ、恐ろしい。

夏葉は、「そうなの? なんだ」と残念そうな顔をした。

「花火大会では、たまたま会って、一緒に行くことになったの。私がひとりだったから、心配してくれて……」

「ひとりで花火大会行こうとしてたの? どうして?」

不審そうな顔を浮かべる夏葉。

私は、お弁当を片手にこちらを見ている夏葉を見つめた。

それを話すと、弟のこと、そして母子家庭であることも知られてしまう。

だけど。

『――自分の家庭環境を卑屈にしてんのは、お前自身だろ?』

桜人のその言葉は、今はより色濃く胸の奥に残っていた。

もう、怖くはない。

美織と杏だって受け入れてくれたし、夏葉なら絶対大丈夫。

私は、家のこと、光の病気のこと、そしてあの日光のためにひとりで花火大会に足を運ぼうとしたことを、夏葉に話した。

夏葉はときどき相槌を打ちながら、黙って聞いてくれた。

「……やっと言ってくれた」

語り終えたとき、夏葉がどこかホッとしたように言った。

「真菜が自分の家庭に、後ろめたさを感じてることにはずっと気づいてた。だから、そんな大事なことを、勇気を出して私に話してくれてうれしい」

「夏葉……」

夏葉の優しさに、目元が潤む。

どうして私は、夏葉にもっと早く自分をさらけ出さなかったのだろう。

でも臆病な私は、夏葉のことが大事だからこそ、中学のときの友達みたいに、失いたくなかったんだ。 

夏葉には、もう何も隠したくない。
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