きみがため
廊下を歩いていた浦部さんが、そんな桜人に軽快に近づく。

「小瀬川くん、おはよー! 数学の課題、やってる?」

「やってるよ」

「さすが小瀬川くん! ちょっとだけ見せてもらっていい?」
 
並んで歩くふたりは、親しそうに見えて、胸がきりりと痛んだ。

廊下の向こうに徐々に見えなくなっていく背中は、今はもう、他人のようにすら感じる。

すがるように、彼の掌の感触を思い出していた。

まるで幻だったかのように、あのぬくもりは、今は遠い。

たまらなく胸が苦しくなって、私はひとりきりの掌を、ぎゅっと握りしめた。
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