きみがため
その日の放課後。

誰もいない文芸部の部室で、その想いに寄り添うように、私は桜人の綴った詩を眺めていた。

悲しい夏ぐれも
切ない夕月夜も
寂しい霜夜も
君がひとりで泣かないように

彼の言葉のひとつひとつが、今でも愛しい。

だけど愛しければ愛しいほど、胸が苦しくて、張り裂けそうになる。

恋をしていなかったら、こんなつらい想いはしなくてすんだのに。

弱い弱いと思っていたけど、あの頃の私の方が、よほど強かったと思う。

どうして避けられてる?

いくら考えても、その答えは出てこない。

聞きたくても、桜人は話す機会を与えてくれない。

そして臆病な私は、また怖気づいてしまっている。

恋なんて、しなければよかった……。

「あれ? 川島部長は、今日休みっすか?」

ドアの開く音とともに、そんな声がした。

田辺くんの出現に、私は慌てて文集を閉じると、平生を繕う。

「うん、来てないみたい。珍しいよね」

「小瀬川先輩はずっと来てないし、寂しいっすね~」

言いながら、田辺くんは、自分のバッグから本を取り出した。

どうやら、図書館で借りてきた本を読むつもりみたい。
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