きみがため
期待していたわけじゃないけど、非常識ともとれるその態度に、私と彼との間に取り返しがつかないほどの隔たりがあるのを感じて悲しくなる。

「それ、私、送った覚えがなくて。……出してくれたの?」

桜人、と名前呼びすることに抵抗を覚え、あえて呼ばなかった。

桜人は、黙ってかぶりを振っただけだった。

予想が外れて、私は肩を落とす。

じゃあ、あのエッセイを送ったのは誰……?

今にも、店の中に戻りたそうな桜人。

「そう……。忙しいのに、ごめんね。あと、それから、私、就職じゃなくて進学することにしたの」

このことを報告したのは、私が進路を見いだせたのが、桜人のおかげでもあるからだ。

彼の書いた詩を見たり、彼と和歌の話をしたりしなかったら、私は文学の尊さを知らなかった。

「…………」

だけど、桜人はもうなにも答えてくれなかった。

心底どうでもよかったのかもしれない。そんな答えに行き着いたとき、私は、また逃げ出したくなった。

なぜ嫌われてるのかわからない。

でもこれでは、同じクラスになったばかりのあの頃よりも遠い。

あの頃はお互い関りがなかっただけで、嫌われてはいなかった。

苦しくて苦しくて、胸が張り裂けそうで。

これ以上、ここにはいられないと思った。

「……ごめん、バイト中に。帰るね」

泣きそうになりながらそう言って、背を向ける。

だけど数歩進んだところで、彼の声が聞こえた気がして、私は後ろを振り返る。

だけどもうそこに桜人の姿はなかった。

きっと、風の唸りだったのだろう。
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