【タテスクコミック原作】鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛

 それなのに……。新学期が始まってすぐに、結城君のクラスメイトから聞いたというすずから、

「結城君、両親が離婚して夏休みにお母さんの実家がある九州に引っ越したんだって。ねぇ? でもさぁ、それならそうと、一言くらい言ってくれても良かったのにね? あっ、でも、結城君の両親、中学の頃からずっと別居してて、いつ引っ越すかも分からなかったらしいから言えなかったのかもね?」
「……ふうん」

結城君のことを聞かされて、何でもない風を装ってはいたけれど、内心は穏やかじゃなかった。

 もう結城君に逢えないんだと思ったら、急に悲しくなってきて、頭が真っ白になって、何が何やら分からなくなってしまっていて。

「侑李、大丈夫? 顔、真っ青になっちゃってるけど」

 気づいた時には、ぼろぼろと涙を零してしまっていた私は、そのまますずに付き添ってもらって保健室へと向かい。

 結局、始業式にも参加しないままその日は下校時刻になるまでずっと保健室で過ごすことになってしまった。

 保健室のベッドの布団に潜り込んで、この感情はなんなんだろうと悩みに悩んだ結果。

 こういう経験がなかったものの、これが、誰かを好きになることなんだって、ようやく気付くことになったところで、後の祭りだ。

 ーーもう、結城君とは逢えないんだから。くよくよしたってしょうがない。

 そうは思っても……。

 完全に、不完全燃焼。胸の内で燃え切らないまま残って、もやもやとしたものが燻っているような、そんな状態がずっと続いているような、言い表すならそんな感覚だった。

 すずは、何も口にはしないでいてくれていたけど、きっと、結城君と何かがあったのだろうということも、察してくれているのだろう。

 その証拠に、それからは、すずの口から結城君の名前を聞くことは一度もなった。

 でもそのお陰で、一月が経った頃には、ずっと燻ったままだった私の気持ちも、なんとか落ち着きを取り戻していて。

 もうすっかり、結城君と親しくなる前の平穏を取り戻すまでになっていた。

 ただ一つ変わったことと言えば、それまでよく見ていた、王子様のような甘いマスクをした男の子が出てくる夢を見なくなったことだろうか。

 それ以来、結城君のことも、その夢のことも、封印するようにして胸の奥底に仕舞い込んでしまった私が思い出すことも次第となくなっていった。

 私の前にある日突然現れて、現れた時のように突然いなくなってしまった、本当に、夢に出てくる幻の王子様のような結城君は、こうして私の前から姿を消したのだった。

 まさか、その彼と、初めて逢った時のように、ある日突然思いがけない再会を果たすことになろうとはーー。



~fin~

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