かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
「だって、奥宮さんてほんと、写真で見るよりずっとかっこいいというか、びっくりするくらい整った顔立ちをしてて……まあ、たしかに少しクセというかなんだか抱え込んでることがありそうだったけど、でもたぶん、根は優しい人で……」


自然とうつむきがちになってポツポツと話しながら、彼と会った昼間のことを考える。

まるで王子様みたいな完璧な容姿をした奥宮さんとともに過ごした時間は、こうして日常に戻って思い返すとなんだか夢の中の出来事のように思えた。

仮面夫婦となることを提案して『私を愛する必要もない』と言い放った、冷たい表情も。
怒りに任せて席を外そうとした私を引き留めた、必死な声も。
打ち解けた会話の中で見せてくれた、穏やかな微笑みも。
別れ際、握手をした手を引かれて耳もとに落とされた、低いささやきも。
全部が私の中へ強く刻まれているのに、どこか現実味がなくて──思い出すたび、なぜか胸が苦しくなる。

あんなに魅力的なひとなら、きっとすぐに、奥さんになりたいと希望する女性が現れるだろう。
思わず私が怒ってしまった、結婚相手の条件云々のあの話だって……今になって考えれば、何か事情があったように思う。

会社社長という立派な立場の彼が抱えるその事情とは、一体どんなものなのか。平凡でパッとしないただのOLである私には、考えてみたところでわかりようもない。
そしてきっと違いすぎる私たちの間には、そんなふうに埋められない溝がいくらでも存在するのだろう。
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