名古屋錦町のあやかし料亭~元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

第10話 ファーストキス

 楽しかった、美味しかった。

 美兎(みう)の、今日のデートでの正直な感想だった。


「いい笑顔ですね?」
火坑(かきょう)さんや皆さんのお陰です」


 初の妖の彼氏との、初デート。

 人間の彼氏達とも、こんなにも満たされた気持ちになった出来事はなかった。

 人間でなく、妖だからか。単純に楽しいことが好きな存在だからか。

 楽養(らくよう)を後にして、今度は楽庵(らくあん)に向かって腕を組みながら歩いているのは、美兎が少々飲み過ぎたから。

 狐狸(こり)宗睦(むねちか)が美味し過ぎるカクテルやワインを勧めてきたせいだ。火坑と初めて会った時ほどではないが、当然ほろ酔いは通り越している。なので、彼氏様に支えてもらっているわけだ。

 座敷童子の真穂(まほ)は二次会ついでの、雪女の花菜(はなな)とろくろ首の盧翔(ろしょう)が結ばれた祝賀会に参加するらしい。

 美兎も本音は参加したかったが、今日はまだ火坑とのデートだろうと追い出された。友人として祝うのは別日に催すと決定もしているので仕方ない。


「楽庵で何をしてくれるんですか?」
「ふふ。着いてからのお楽しみですよ?」


 ほろ酔い気分で問いかけても、同じ返答の繰り返し。

 仕方がないので、気分の良いまま彼について行き、楽庵に到着したら既に暖房がついていて不思議に思った。


「あったかいです」
「暖房に予約タイマーをつけていたので」
「なーんだ。よーじゅつじゃないんですね?」
「ふふ。そこまでハイテクには扱えませんよ? とりあえず座っててください」
「じゃー、お言葉に甘えてー」


 ほろ酔いから酔っ払ってきたのか、とにかくご機嫌さんだった。

 お腹はいっぱいだが、デザートくらいなら入る。ひょっとしてケーキでも用意したのだろうか。それは本来美兎の役目だったが、先に彼からケーキは大丈夫だとLIMEで言い渡されていたからだが。

 ヤカンのお湯が沸き、ドリップコーヒーのセットでコーヒーを淹れてくれて。

 冷蔵庫からは、ケーキの箱らしき大きな白い箱を取り出してきた。


「まだ少し早いですが。簡単なクリスマスパーティーと行きませんか?」
「クリスマスパーティー!」
「僕はともかく、美兎さんのお仕事はかき入れ時でしょう? たしか、夜空けられるかわかりませんって言っていらしたので、出来れば今日にと」
「それで、火坑さんのお部屋じゃなくて。楽庵(ここ)で?」
「おや、大胆発言ですね? 僕は構いませんが、美兎さん……初デートであなたを襲っても良いんですか?」
「お、おそ!?」


 そんな大胆発言をしたつもりではないのだが、美兎は彼にまだ言っていないことがある。いや、もしかしたらバレているかもしれないが。

 まだ二十代前半なのに、美兎は、美兎は純潔を守ったままだ。つまりは誰にも汚されていない。実は、キスもまだなのである。

 そのことを考え始めたら、酔いなんて一瞬で覚めてしまい、汗をだーだーに流していたら。まだ人間の頭のままの火坑には、くすりと笑われてしまった。


「ふふ。冗談ですよ? さすがにお付き合いしたばかりの女性に、そんなご無体をさせるわけにはいきませんから」


 さて、ケーキです。と、コーヒーと一緒にカウンターに置いてくれたのは生チョコケーキ。

 美兎の、一番好きなケーキだった。


「美味しそう……! けど、火坑さんは甘過ぎるのダメじゃなかったです?」
「ふふ。たまには食べますよ? チョコも少しだけなら平気ですし」
「じゃ、じゃあ! 次……作って、みてもいいですか?」


 火坑には敵わないけど、と伝えると。彼は顔を輝かせてくれた。


「美兎さんの手作りケーキですか! 嬉しいです!」
「その……クリスマス後になっちゃうんですけど。その週末までには」
「楽しみにしています!」


 また新たにクリスマスプレゼントを考えなくてはいけないが、不思議と苦ではない。

 やはり、妖などと関係なく、大切な人だからだろう。

 そして、コーヒーで乾杯する前に彼からちょっとだけ顔を上げて欲しいと頼まれて、素直に顔を上げたら。

 ふにっと、柔らかい何かが唇に触れてすぐに離されてしまった。


「か、かかか、かきょ!?」


 今の意味がわからないほど、美兎は子供でもない。

 目の前には、妖艶に微笑む火坑がまた顔を近づけてきた。


「つい好奇心で奪ってしまったんですが……もう一度しても?」


 凄いイケメンでないと思っていた気持ちを撤回したい。

 人間に化けた火坑の色気が、耐え切れないくらいに溢れ出ているのを誰が知っているだろうか。おそらく、今日だけは美兎のモノだろう。

 それに、今のキスは決して嫌じゃなかった。嫌な相手のキスは好きになっていてもあるって誰かから聞いた記憶があるが。火坑にはそんな思いは微塵も感じなかった。

 なので、何度も頷いてから彼に抱えられ。

 美兎は、改めて、ファーストキスを大好きな人と交わすことが出来たのだった。
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