ハナヒノユメ
病室に入ると、ひとりの女性がいた。

長い髪を弛ませ、ハイヒールですらっと立ったまま彼を見つめている。

強く香水のにおいがする。

「あの...こんにちは。」

「だれ?」

「あの、安東桜といいます。
保坂先輩のお見舞いに来ました。」

私を凝視する女性。

彼によく似て美形だけど、気が強そうではある。

というか、威圧的で、怖い。

「歩がこうなったのはあなたのせい?」

「...。」

「なんてね。家族には許可得てるわけ?」

「あ、はい。
一応先輩のご両親に確認とってもらって...。」

「そんなこと分かってるわよ。
そうじゃなくて、あなたの家族。」

「...えっと...。」

「まあいい。
さっきの子から引き継いで世話してもらったみたいだし、礼は言うわ。」

「いえ...。」

「じゃあ、私はこれで。」

そう言って、さっさと病室を出ようとする。

「待ってください。」

「なに?」

「もう...帰ってしまわれるんですか?」

「もう状況は把握したわよ。医者から説明も受けたし。十分でしょう。」

「彼自身とお話ししたんですか?」

「お話し?冗談でしょ。話どころか私のことすら認識してないわよ。見れば分かるでしょう?」

...表情に違和感を感じた。

普通は悲しかったり、不安でたまらないものじゃないの...?

まるで悲しむどころか...。

「いいえ、肩や手に触れてあげれば気づきますし、手に文字を書いたりしてお話しできますよ。」

「別に話すこともないわよ。」

「そんな...。せめてここまで来たってことを彼に知らせるべきじゃないですか?」

そこまで私が食い下がると、彼女はさも呆れたように乾いた笑みをこぼした。

「さっきの元彼女とかいう子と違って、あなたは正義感が強いのね。」

「...。」

「それでいて自意識過剰。
少しは自分のことに向き合ったらどう?
歩を現実逃避に利用してるって。」

「そんなこと...。」

「そういうところ、歩に似てるかもね。
はっきり言って嫌いなタイプ。」

初対面の、しかも...毎日お見舞いに来てる人にいうこと、なのだろうか。

「歩の親は許可したかもしれないけどね、
姉である私が許した覚えはないし、さっきみたいに説教される筋合いもない。
あなたはよそ者なんだから。」

そんな言い方...。

「その点、さっきの子はまだ理解があったわね。今後関与しないってちゃんと言ってくれたし、そのほうが賢い選択よ。」

「...。」

「歩のことが好きかなんだか知らないけどね、そういうの迷惑なのよ。
今後ここには来ないで。」

「...嫌です。先輩には私がいないと、だめだから。」

「なによそれ。呆れてものも言えないわ。
ほんとこんな不愉快な人に会うんだったらわざわざここまで来るんじゃなかった。
この男がどんな奴かも知らないくせに。」

「...。」

「こいつが家を壊したのよ。
こんな罰も然るべき。」

「...、」

「いっそのこと、そのまま死ねばよかったのに。」

「ちょっと、さっきから言い過ぎじゃないですか?
いくら憎くてもそんなこと人として言っちゃいけないことです!ましてや本人の前で!」

「...随分と恵まれた家庭に育ったのね。
私の家じゃ罵詈雑言なんて日常茶飯事よ。
変に道徳理論を押し付ける方が馬鹿らしい。」

「...ひどい...。」

「まあ、今のはあなたが私を怒らせたからっていうのもあるけど。
もうあなたもその男も顔なんて2度と見たくないし、もう絶対来ない。葬式でもない限りね。」

...こんなに平気で最低なこと言う人、見たことない。

私だってもう2度と会いたくないし、

彼の前に来ないで。
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