死のうと思った日、子供を拾いました。
『ねぇ、流希《りゅうき》、明日とうとう結婚式だね。私、明日が待ちきれないよ』
「ああ、そうだな。俺もだ。今日はできるだけ早く帰るから、結婚式の日は二人で手をつないで会場まで行こう」
『何言ってるの。そんなの当たり前でしょ。それじゃ、早く帰ってきてね。待ってるから』
「ああ。またな、夏菜(かな)
 それが、夏菜との最期の会話だった。

 俺と電話をした一時間後、夏菜は死んだ。マンションの隣の部屋が火事になって、隣の部屋にいた子供を助けに行ったせいで。子供は無事保護されたが、夏菜は間に合わなかった。
 隣の部屋の家族は両親が共働きで、いつも十八時にならないと彼らは帰って来ない。
 つまり彼らの子供は小学一年生なのに、十八時までほったらかしにされているんだ。それでなにかトラブルが起きないハズがなかった。
 きっとそれが危険だともわからず、出来心でガスコンロの火をつけてしまったとかそういう不慮の事故が原因なのだろう。
「子供が死ねばよかったのに」
 それでも俺は、そう考えずにはいられない。
「……何で今なんだよ!」
 安置所で、声が枯れる勢いで叫ぶ。しゃがみこんで遺体の頬を触り、感触を確かめる。さらざらしている。数時間前まですべすべだったハズなのに、今は焼けただれていて本当に酷い状態だ。体温は異様なほど低く、顔は焦げて誰のものなのかもわからない。それでも、よく着ていたお気に入りの花柄の部屋着を身にまとっているのを見れば、一瞬で夏菜だとわかった。

 いや本当は俺は近隣の住民から火災の話を聞いただけで、夏菜だと確信してしまった。
 子供が大好きで、正義感に溢れている夏菜らしい最期だ。でも、なんで今なんだ。

 何で子供ではなく、夏菜が死んだんだ!?

 夏菜が死ぬくらいなら、あの子供が助けられずに死んだ方がよっぽどよかっただろうが!!

 だって、結婚式の前日だぞ?

 幸せな家庭を築くハズだった。夏菜と、夏菜が産んだ可愛い子供と笑い合って仲睦まじく生きていくハズだったんだ。それなのに、何で今壊れるんだよ。
――頼むから、もう一度だけ夏菜に会わせてくれ。

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