死のうと思った日、子供を拾いました。
「帰ってどうするんですか」
 今の俺にできることなんてきっと一つもない。それがわかっていて聞いているのだとしたら、相当意地悪な質問だ。

「う、ウエディングドレスの返品をして、菓子折りを……」
『渡しに行かないと』
 何度そう思っても、声に出せなかった。

 だってそんなことをしたらまるで、死んだのを認めているみたいではないか?
 結婚式に出ようとしてくれていた俺の友人に送るのはもう少し先でもいいかもしれない。けれど少なくとも社長や後輩には送らないといけない。夏菜の友人にだって送らないと。でも……。

「できるんですか、今の流希さんに」
「っ、できませんよ!! それでも俺がやらないと、俺があの子の彼氏で、婚約者だから」
 頭にあるのは婚約者としての責任感と、積もりまくったネガティヴな心だけだ。それなのにしますなんて言えるわけがなかった。

「流希さん、辛いなら人を頼ってください。……私と一緒に菓子を買いに行って、届けに行きましょう?」
「え、なんでそんな風に言ってくれるんですか」
 俺といたって真希さんにはなんのメリットもないだろ。それに勉強だってしないといけないハズだ。

「流希さんが死んだら、愁斗が落ち込みそうなので」
「はあ? 誰が!!」
 愁斗はすぐに声を荒げた。

「……否定しないのか?」
「うぜえ。調子にのんな。別に俺は流希が死んでも悲しくねえ」
 名前、初めて呼ばれた。
 俺はびっくりして、愁斗を見た。

「こっち見るな」
 真希さんが愁斗の頭を手のひらで叩いた。
「いっ!?」
 愁斗が頭をおさえて頬を膨らませる。いかにも子供がしそうな行動だ。

「いやーすみませんね。本当に素直じゃなくて。……初めてなんですよ。愁斗がそのハンカチを誰かに渡したの。だから少なくとも、愁斗もだいぶ流希さんのことを気にしているんだと思います」

 耳元でそう囁かれた。

「そうなんですか」

 ポケットからハンカチを取り出してそれを見る。他の人に渡したことがないなんて考えもしなかった。愁斗は本当に、真希さん以外どうでもいいんだな。

「はい。それに私も、流希さんが亡くなったら悲しいです。それだけで手伝ってはいけませんか」
「っ、そんなことないです。……ありがとうございます」
 俺が頷くと、真希さんはまるで聖母のように穏やかな笑みを浮かべた。
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