死のうと思った日、子供を拾いました。
「そうですか。婚姻届の提出もまだですか?」
「……本当は結婚式の前日のあの日に、二人で出しに行くハズだったんです。その日は俺も仕事を早上がりする予定で、二人でゆっくり過ごそうって話していたので」
「じゃあ、まだ婚姻届はあるんですか?」
「はい、俺の部屋にあります。それだけあっても、仕方ないんですけどね」
いっそ夏菜と一緒に燃えてくれたら良かった。その方がまだ悲しい想いをせずに済んだ。
「そんなことないですよ」
「え」
「証は残っていた方がいいです。何もかも燃えたら、まるで夏菜さんが最初からいなかったかのような環境になってしまいますから。そんな環境、絶対にごめんじゃないですか?」
確かにそうだ。
服も家具もあかすりもウエディングドレスも処分してしまったら、もう夏菜の匂いくらいしか部屋には残らない。そんな風になったら、絶対に俺は壊れる。
「っ、はい」
俺は涙を拭って頷いた。真希さんがティッシュを渡してくれた。俺は礼を言ってから、鼻を噛んだ。
「どうぞ」
鍋の中にあったたまごおじやをお椀に入れると、真希さんはすぐにそれと蓮華を渡してくれた。
「すみません」
食欲のない俺を気遣って食べやすいものを作ってくれたのか。手間だっただろうな。
「流希さん、すみませんじゃないですよ」
自分の分のおじやをお椀に入れながら、真希さんは指摘する。
「えっ」
「ありがとう。いただきますって言ってください。その方がきっと、夏菜さんも安心します」
背中を撫でられた。真希さんの温もりを感じて、心がポカポカした。
どうしてこんなにも気が利いていて、優しいのだろう。仕事の影響だろうか。
「……ありがとうございます」
真希さんを見てそう言ってから、俺はテーブルの前にある椅子に腰を下ろした。真希さんが目の前に座ったところで、二人でいただきますをする。
「私、愁斗起こしに行ってきますね。流希さんはゆっくりしててください」
おじやを食べ終えると、真希さんはそんなことを言って夏菜の部屋に向かった。
俺はおじやを食べ終えると、食器を洗ってから脱衣所に行った。
脱衣所には洗面器と棚と洗濯機しかない。
俺は顔を洗うと、棚からブラシをとって二日ぶりに髪をとかした。ブラシに抜け毛がまとわりついた。十本くらいついている。夏菜がいた時はこんなことなかったのにと思いながら鏡を見ると、白髪が五本くらい生えていることに気づいた。
「はあ……」
ため息をついてから、風呂場にある夏菜のあかすりと泡立てネットを取って水気を切った。
お風呂場にずっと置いておくわけにもいかないから、捨てられないならせめて夏菜の部屋に持って行かないと。