死のうと思った日、子供を拾いました。
 ぐうっと、お腹が音を立てた。
 クソ。なんでこんなに立て続けに恥ずかしいことが怒るんだ。

「なんだ。腹減ってんじゃん」
 拍子抜けしたみたいに愁斗は言った。

「そんなハズは……」
 でもなんで急に鳴ったのだろう。怒ったからじゃないよな。

「お腹が空いてないと思っていたのに、一度食べたらどんどん食べちゃうことってあるじゃん。それじゃないのか?」
 ああ、確かにその可能性はあるな。
 ついさっきまで全くご飯を食べられる気がしなかったのにこんなことになるなんて。身体ってものは、本当に自分の思い通りにならないな。

「なあ、新太って大事な人?」
 コーンに巻いてあった紙をアイス屋の隅にあるに向かって投げてから、愁斗は俺を見る。紙はきちんとゴミ箱の中に入った。
「ああ」
「俺は今も昔も姉ちゃんしか大事な人がいない。でもお前は昔からそうじゃないんだよな。ならどうして死のうとするんだ」
 まだ中学生だから婚約者の大切さがわからないのか。
「確かに俺には、自分のことを大切にしてくれる家族も友達もいる。でも死んでも一緒にいようと約束をして、キスをして、五十回以上手を繋いでデートをしたのは夏菜だけだ。そしてそんなありふれたことを死んでもしたいと思ったのも、今まで生きてきた人生の中でそういうことをして最も幸せだと感じたのも夏菜だけだから」
 我ながら臭いな。でも全部事実だから、別にいいか。

「夏菜以外の人だけじゃなくて、夏菜もいないと幸せになれないから死ぬってこと?」
 間違ってはいないけど、かなり簡略化されたな。まあ愁斗はまだ恋愛をしたことがないだろうから、それくらいの理解で十分か。


「ああ。欲張りだよな。欲しいものを一つだけ手にするんじゃとても足りなくて、恋と友情のどちらかを選ぶことすらできないなんて」

 俺だってできるなら恋人がいるだけで、あるいは友達がいるだけで人生に満足したい。でももう無理だ。一度恋人も友人もいる人生の楽しさを知ったら、どちらかを自分から捨てる気になんてなれない。いや捨てようとすら考えなかったのに、どちらかだけしかないなんてとても無理だ。

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