死のうと思った日、子供を拾いました。
「流希さんもそういう人だったんですよね?」 
 俺を見て真希さんは首を傾げた。

「え?」
 急に俺の話になったから、驚いて声が出てしまった。

「新太さんが言ってたじゃないですか。昇進を進められたって」
「あーはい。夏菜と家族になるために必死でやっていたのが実を結んだみたいで、今もそのおかげで仕事を休めてます」

「え、あんたニートじゃねえの?」
 愁斗が驚いたように目を丸くする。
「ああ」

「もしかして有給消化中ですか?」
「はい。でも有給がなくなっても二ヵ月休んでいいって言われて。その間に復帰するかどうかを決めてくれって」
「ええ、すごいじゃないですか! よっぽど気に入られているんですね」
 自分のことのように手を叩いて喜ばれた。なんだか照れくさいな。俺はただ真面目にやっていただけだから。
「……たぶん」
 つい、頬をかいた。

「ご馳走さま!」
 ご飯を食べ終わると、愁斗はすぐに使った食器を持ってキッチンに行った。そのままスポンジに洗剤をつけて洗い物をしようとしたので、慌てて止めた。

「愁斗、いい。俺がやる」
「そ? ありがと」
「流希さん、手伝います」
 汚れた食器をスポンジで擦っていたら、真希さんが近づいてきた。俺と自分が使った食器を持っている。

「ありがとうございます」
 俺の隣に来ると、真希さんはレバーを上げて水を出した。

「姉ちゃんがやるなら俺もやる」
 愁斗が俺と真希さんの間に入った。

「まるで本当の家族みたい」
「見た目はな」
 愁斗は恥ずかしそうに頬を赤くして、俺と真希さんから目を逸らした。可愛いな。
 子供ができていたらこんな感じだったのか? それとも女の子だったかな。死にたくなるくらいなら作ろうとしていたらよかった。何もかも手遅れになる前に。

「流希さん?」
 ハッとして下を見たら、スポンジが三角コーナーに落ちていた。
「すみません、何でもないです」
 慌ててスポンジをとって水で洗った。
「大丈夫ですよ。もう二度と独りにはしませんから」
 他人なのに、なんなら一週間前は会話をしたこともなかったのに死んでも一緒だって言うのかよ。クソ。本当に、嫌になるくらい暖かいな。

 愁斗がお椀やコップから溢れている水を一気に流した。

「姉ちゃん、告白みたいになってるから」
「そうだよ?」
「それ、笑えないから」
 愁斗に腕を引かれた。

「テーブル拭いといて。残りは俺と姉ちゃんで洗うから」
「あ、ああ」
 愁斗がキッチンに戻るのを見てから頷いた。

 ふきんを顔に向かって投げられた。慌てて避けたら愁斗と目が合った。真希さんの腰をつかんで、俺を憎たらしそうに見つめて唇を噛んでいる。
 そんな顔しなくても奪わねえよ。少なくとも死にたいと思っているうちは。いや、そう思わなくなってもか。
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