男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

97、刺繍のハンカチ ④

 鈴を鳴らすような涼やかな笑い声が扉の外からもうかがえる。
 扉を叩くと内側から開いた。隙間から垣間見えた部屋の中は様々な香りと色味とおめかしした女子たちで、華やいだ雰囲気で賑やかである。隣のロゼリアの部屋と全く同じ間取りと家具には思えない。
 苺の柄がドット状にちりばめられるポットとカップと、食べかけの焼き菓子がテーブルの上に置かれ、そのテーブルはベランダの窓際に押しやられている。女子たちは立ったりソファに座ったりしている。
 扉を開いたジュリアはふんわりした膝丈のスカートにスッキリと足をみせていた。
 いつもよりもジュリアの背が高い。
 ヒールが高いようである。

「ご要望の本を持ってきたんですけど」
「ありがとう!テーブルの上にでも置いてくださる?」
 ロレットのたじろぐ雰囲気がロゼリアにも伝わる。
 ロゼリアも正直なところ、この出来上がった雰囲気の中に足を踏み入れるのを遠慮したいところだが、ふたりが抱える本をその場で受け取るなんてことをジュリアは思いもしないようであるし、部屋の中の女子たちはちらりとこちらをうかがってもその場から動こうとしなかった。
 おずおずと踏み入れるロレットの後ろにロゼリアも続き、テーブルのティーセットの隙間に積み上げた。

「ちょうど、この靴が出来上がったのではいてみていたところなの」
 この状況は何事なのかと部屋の様子を伺い目を丸くしているロレットにジュリアは言う。
 少し後ろに足を延ばしアイボリーのパンプスを見せた。

「今度、ダンスのクラスが始まるでしょう?それに合わせて練習用のお揃いの靴を作ってみたの。それらの衣装合わせと靴の履き心地を確かめたくて」
「まあ、軽快で素敵ですね!夏用に布素材で、みんな同じ色にそろえているんですね!」
 ロレットの声は羨まし気に響いた。
 お茶会とは聞いていたが、ダンスクラスの衣裳合わせの話は聞いていないし靴の話も初耳のようである。
 最近の女子たちの関心はもっぱらダンスにあった。
 ロレットとロゼリアが持ってきた本も、ダンスに関係した本である。

 部屋にはジュリアと特別に仲の良い女子の5人が全員部屋にいて、そのうちのイリスと二人はジュリアと同じクリーム色のヒールの靴を履いている。後の二人はソファに寛いだ様子で足を延ばして座り、城の外から呼び寄せた靴屋の40代の女性フィッターが靴を履かせてくれる順番を待っていた。彼女の横には靴箱が積み上げられている。
 フィッターは新参者に目を向けた。
「追加でこちらの二方もですか?同じものをすぐにはご用意できませんが、サイズだけでも測らせていただきましたら数日以内に準備してお持ちできますよ」

 部屋の女子たちは顔を見合わせた。
 仲間うちだけに理解できる無言の会話である。

「いいえ、二人は違うの。彼女たちは別の機会にお願いすることになるのじゃないかしら」

 ジュリアは女子たちの目配せの総意を代表して申し訳なさそうに言う。
 違うといわれてロレットは目に見えてがっかりした。
 女子たちも大仰に申し訳なさそうな顔を作りながら、その下でくすくすと笑う。
 ロゼリアはぐっと唇をかんだ。これは頂けない。ロレットがどんなに望もうとも彼女たちからロレットは友人扱いされていない。
 これは当初の目的をさくっと確認して退散するのがよさそうだった。

 ロゼリアはロレットの肘に触れて、確認を促した。
 ロレットはうなづくと決死の覚悟をこめて口を開いた。
「イリスさん、図書館から帰る途中で見つけたんですけど……」
 ロレットはイリスにいう。
 イリスはその言葉を遮った。
「ロレット、本を持ってきてくださってありがとう!ロゼリアさまに手伝ってもらったのね。よくお礼を言っておきなさいよ。でも、ロレットは気が利く人だとおもっていたのだけど、みんなの分を二つの山に積み上げられたら、わたしたちがそれぞれ必要なものを取らなくてはならないじゃない?それをさせるつもり?」
「あ、申し訳ございません……」

 イリスの指摘にロレットはタイトルを確認しながら違うタイトルを重ねてカップの横に置き始めた。ロゼリアも仕方なく手伝ってやる。
 その様子にイリスは満足げである。手伝いもしない。

「あの、お伺いしたいことが。刺繍のハンカチが……」
 分け終わると再び意を決してロレットは口を開く。
 だが今度もイリスの言葉がかぶさってくる。
「ねえ、いいことを思いついたわ!この靴にワンポイントで何か模様が入ったら素敵だと思わない?」
「それはできますが、どんな模様をご希望でしょうか。絵柄を描くとなると専門の者に依頼しないといけませんが、全て同じ図柄で良いのでしたら、一度サンプルを作成してお持ちいたしますよ。手描きだと少し値が張ります。型のパターンだとお時間も速くお安く作成できます」
 フィッターは自分に言われたかと思い、手をとめた。
「絵じゃなくて刺繍がいいわ。みんなそうは思わない?」
「刺繍ですか?刺繍だと手間が違います。ちいさなポイントでも絵柄と比べてお時間が非常にかかりますが……」
 イリスは満面の笑顔になる。
「いえ、ここにとてもお上手なお友達がいるのでやってくれると思うの。わたしたちひとりひとりにあわせた合わせた花がいいわ。位置と刺繍の大きさをそろえれば、統一感は失われないで特別なお揃い感を出せると思うの。みんなが釘付けになるぐらい」
 イリスは友人たちを見た。その思い付きに、靴を履いている女子は自分の足元を見て想像する。
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