男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 中身はサンドイッチである。
 挟まれた具材は朝とは違う。ポテトと卵。大きなトマトがごろりと入っていた。
 生鮮野菜は貴重だった。この暑さで育たなくなっているのだ。


「これを食べたら俺たちが踊る番だ」
「アメリア王妃の体調はどうなのかしら。もっと早い時間に交代すると思ったんだけど。あの音は何?剣戟が打ち合わされているような?」

 太鼓の音に金属が軽くぶつかるような音が混ざっている。
 一定の間隔でリズミカルに響いていた。

「舞台は剣舞が行われている」
「剣舞?アメリア王妃が剣を持っているの?」
「母ではない。母は、すぐに倒れたらしい。それで母だけの代理が立ったんだ」
「誰が?わたしの知っている人?」
「俺は当惑している。だけどどこか納得できるところもある」
「言っている意味がさっぱりわからないわ」


 二人はテントを出て、煙幕の途切れ目から体を中へ滑り込ませた。
 夕日が沈みつつあり、影が濃くなる中、二人の男がいた。
 ひとりは、上半身裸で汗だくになりながら剣を握るフォルス王。
 頬も額も鼻も、裸の上半身も日に炙られて真っ赤である。
 息は荒く、疲労が色濃く表れていた。
 フォルス王は剣先を相手にゆらゆらと向け、足を横に進めていく。
 フォルス王と同じ型をとる相手がいる。
 引き締まった背中に短い髪。
 同じく肌が焼けて、腰に白いショールを巻いていた。
 二人は上下、左右に打ち合わせた。
 息のぴたりとあった、見事な剣舞である。
 ふたりがぐるりと移動した。その横顔を見て、ロゼリアは叫び声をあげそうになった。
 フォルス王の相手が誰だかわかった。
 この目でみるまで、フォルス王の心を分けた相手は、もしかしてアメリアの妹であるララではないかと思った自分が馬鹿だった。

 ジルコンが独り言のように呟いた。
 彼もまたこの目でみたものを信じられないでいるのだ。

「父と母とあなたの両親は、昔は交流がありとても仲がよかった。互いの子供を結婚させたいと思うほどに。やがて、父が森と平野の国々を力で従わせていっても、辺境だという理由でアデールに武力や無理難題の矛先を向けることはなかった。父にとってアデールは、他の国々と違う、特別な存在、別格だった。父とあなたの父とは、誰にも入れないほど固く友情で結ばれていたからなのか。母に次いで心を分けたといえるぐらいに?それとも、あなたの父を、心から愛したのだろうか。俺が、アンを気に入っていたように?あなたの父と男同士の禁忌で結ばれることができなかったから、俺の父は母と結婚し、あなたの父はあなたの母の、セーラ王妃と結婚したのだろうか……?」


 つい先ほどまで、ジルコンは、改めてロゼリアに結婚の申し込みをしようとしていたのではなかったか。
 松明に照らされるジルコンの顔は苦悩に歪む。
 その顔をロゼリアは知っている。
 ロゼリアが男装をしていた時、何度も秀麗な顔を苦悩に歪ませたではないか。
 再び、ロゼリアとアンジュへの愛の狭間で、ジルコンの土台がぐらぐらと揺らいでいた。


 この手に掴んだと思ったとたん、指の間からこぼれ落ちていくものがある。
 愛とはさらさらに乾いた砂のようなものなのか。

 今までロゼリアは最大の思い違いをしていたことに気が付いた。
 いわなければいけないことがあったのはジルコンではなくて、ロゼリア自身だったのだ。
 今ここで、ロゼリアの秘密をジルコンに伝えないと、ジルコンはこれから先、大事に見つからないように懐の奥深くにしまい込んだ毒を、何度も何度も取り出しては味わうことになる。
 きっとその度に、ジルコンはロゼリアに対して罪悪感を抱く。
 それとも、ロゼリアを妻にすることで、アンジュに対して罪悪感をいだき続けるのか。

 立会人が入れ替わる。
 青い衣装の黒騎士たちに、白いシルクの姫たちが緋毛氈にすわる。

 舞台では、ベルゼ王の震える手から剣が滑り落ちた。
 前のめりに倒れこむところを、フォルス王が支えようとするが、がくがくと踏ん張りの効かない脚では支えきれなかった。
 二人を抱えるようにして、彼らの騎士がジルコンとロゼリアの横を行く。
 フォルス王がどういう気持で、アメリア妃の代理に父を指名したかわからない。
 父もどういう気持で受けたのかわからない。
 愛なのか。
 若き二人が抱いた分かちがたい友情なのか。


「ジルコン、あなたに言わなければならないことがある」
 ロゼリアは言う。
 日の落ちた舞台に二人は進み出る。持ち主に忘れさられた剣が二つ。
 ロゼリアは夕闇の中、ひとつ拾い上げた。
 もうひとつはジルコンが拾い上げる。

「わたしも剣舞がいいわ」
「なんだって?剣も握ったことのない姫がいきなりできるはずがない。もっと別のものを」
「なら、少し手合わせをして考えて」

 10本のかがり火に火が順に灯されていく。
 煌々と燃え盛る松明が、舞台の中央で剣を持ち向かい合う二人の影を躍らせた。



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