男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「僕はこのスクールで変化を恐れないことを学んだ。言いにくいことを言ってのける、あなたの洞察と勇気に憧れる自分がいた。辛いことも哀しいことも、ベラは知っているのだと思う。それでも笑ってはねのけることができる強い人だ。僕は、自分が頼りなくて完璧な男でないことを知っている。他と比べたら見た目だって見劣りだってする。それでも、ベラと一緒に生きることができるのならば、補い合いながら、胸をはって生きていけそうな確信が持てるんだ」

 その通りだとベラは思う。
 レオの真剣さが心に届く。十分すぎるほどに。

「だけどわたしは、エリン国の曲がりなりにも姫であり、姫でなくても、まるで見知らぬ人や土地で生きていくなんてできそうにないの」
「……ベラが僕のことをどう思っているのか知りたい。少しは好きだと思ってくれているのか」

 レオの言葉に、ベラは堰き止めようとした感情と共に涙が盛り上がる。
 とうとう涙が決壊し、あふれるものに任せて感情がほとばしった。

「もちろん好きよ!大好きよ!わたしだって世界で一番レオが好き!だけどわたしもあなたも諦めなければならないこともあるのよ。社会が許さないの!わかって、レオ!」
 ベラが絶望のままに叫んだ言葉をレオは静かに受け止めた。
 そして、意味を理解するとともに、ゆっくりとその顔に笑みが浮かんでいく。

「……僕のことが好き?」
「好きだと言ったでしょ!」
「……家族よりも好き?」
「だから、世界の誰よりも好きよ!でも、」
「なら、今ここで、あなたを略奪する」
 レオはベラの身体を支えて立ちあがった。
 ベラはレオの結論に混乱する。

「略奪って身体を奪うということ?」
 こんなにあなたとはいけないと言っているのにどうしてレオが我が意を得たりというような顔をして、微笑んでいるのかわからない。
 ベラの知るレオとは別人の、悪い男のようである。

「身体だけでなくて、いや身体かも?ええと、ベラ、知っているかどうかわからないけど、草原の男は女を略奪し結婚する風習があるんだ」
「過去にあったことを知っているわ」
「大きな声でいえないけれど、実は今も続いている。だけど、女を見境なく略奪するわけではなくて、想いあう相手が、家族や社会や何かのしがらみにとらわれて、ふん切れないときに、男は女を略奪するんだ。そうじゃなかったら結婚生活は破綻してしまう。つまりある意味……」
「略奪婚とは当人の合意がある駆け落ちのようなもの!?」
「そういうもの。だから、僕は先に行く。あなたは、何も考えず僕に略奪されてほしい」

 レオはベラに口づけする。
 はじめて交わしたキスは、ほんの一瞬。
 唇に落ちた冷たい雨の味がした。

 レオは笑顔でベラから離れた。
 くるりと背を向け一跨ぎで桟を越えた。
 何をしようとしているか理解が追い付かないうちに、レオは姿を消す。
「レオ!?」

 ベラは飛び降りたレオの姿を探して桟の向こうを覗き込んだ。
 ショックで体が震える。
 レオは二階のバルコニーに着地していた。
 くるりと向き直り、両手を大きく広げる。
 その顔は笑顔。

「あなたを略奪婚する!草原に連れていく!さあそこから飛んで!大丈夫僕が受け止めるから!カフェテーブルに上がって、桟をまたいで……」

 エリン国の姫という身分、家族、友人たち。
 そしてそれまでの人生でベラが得たものすべてを置いていく。
 どんな未来がまっているか予想もつかないその先にはレオがいる。
 レオは決して誰よりも強い男ではない。
 それでも、努力し、変化し、結婚しようと言ってくれる。
 公開告白は、彼の決死の決意の表れだった。
 誰もがあんな馬鹿をできるわけではない。
 本当はベラは嬉しかった。
 彼は、自分には、もったいないぐらいすごい男だった。
 そして、誰にも渡したくないと思った。

 雨に濡れる眼鏡の下のその目はベラが飛び降りることを確信している。
 そしてベラが飛び降りるまでいつまでも待つということも。
 悔しいことに、すぐにレオが望んだ通りになるのだが。
 ベラは、一生分の勇気を振り絞った。
 レオの胸の中に、すべてを捨てて飛び降りたのである。





ふたりのその後。
ベラはレオと結婚する。
草原と岩場の部族長の息子と結婚した初めての姫になる。
慣れない土地での苦労は計り知れないものがあり、誰もが目を引く豊かな胸がわずかに小さくなったが、それも一瞬だけ。
三人の子供にも恵まれ、心豊かに育った子供たちは、二つの大きな文化圏の橋渡しになった。



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