男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

54、エール王都デート①

 翌朝、いつものように黒鶏のクロはベランダにやってくる。
 いままでのように、皿にフルーツは置いていない。
 クロはベランダの桟に止まり、不満げな顔で空の皿を見て、ベランダの窓を押し開けて顔をのぞかせるロゼリアを見た。首をかしげている。
 ロゼリアはポンとリンゴを皿に向かって放り投げた。
 皿に入らずカフェテーブルを転がったリンゴの欠片にクロは気が付いた。
 食べようかどうか迷っているようだった。
 もうひとかけら今度はクロのくちばしの先を狙って投げた。
 クロは驚いて首を引くが、リンゴだとわかってくちばしを開いてぱくりと咥えた。
 
「ごはんだよ~」
 声をかけて次から次へと投げていくと、調子がわかったクロはパクパクと器用に空中でキャッチする。 
 なかなか上手である。
 ここに来るくらいだから、半野生といえどもだいぶ人に慣れているようだった。
 ロゼリアは、最後大きな塊を投げた。
 クロは両脚で空中でキャッチすると、桟に戻って、片足は桟を掴み、片足でリンゴを押さえてつつきだす。
 そうろりと、ロゼリアはベランダに出た。
 同じ空間にいることにクロは気にしていない。食べることに夢中だった。
 ロゼリアは手に持った赤いリボンをクロを驚かせないようにそっとその足に巻き付けた。
「大丈夫だよ。これはわたしのクロという印だから。リボン結びにしておくから、嫌だったら外してもらっていいから」
 優しく声をかけて何回かまいてリボン結びにする。
 それは昨夜、エストが夜月の脚に銀の輪をつけているのをみて、ロゼリアもクロに自分のものであると示す何かを付けたかったのだ。
 フィンに頼めば銀の輪を見せてくれるかもしれないが、あまり快く思われていないのは知っている。
 そのときに、アデールの赤でそめたリボンを思いし、クロの脚に結ぼうと思ったのだった。
 左右に一つずつ赤いリボンを結ばれても、クロは気にする様子はない。

「お前、結構胆が据わった大物なんじゃない?」
 黒に赤で似合っている。
 黒いエールの国に一点の赤い差し色のアデールというところか。
 ふとそんな構図を見てしまう。

 クロは食べ終わるといつものように、ぐうるるるとロゼリアにお礼の挨拶をする。
 いつものように森の方へ飛び立つかと思えば、左側の方をしきりに気にしていた。
 何があるのかな、とベランダから左を見れば、二つ向こうのベランダから黒い頭とくちばしがのぞいている。
 そこはエストの夜月のベランダである。
 クロは今日は夜月のベランダへ飛び、桟から首を伸ばして夜月に挨拶をしている。
 二羽の黒鳥は親し気な様子である。
 クロはメスで、夜月もメスだという。
 メス同士でも仲がいいのかなとロゼリアは思ったのだった。


 その日は祝日で闘鶏場に集合だった。
 参加する者たちは各自、城下に待機させていた護衛騎士たちと合流して、鎮守の森と城下の街の境にある、広大な敷地の闘鶏場へ行くことになっていた。
 ロゼリアの部屋には朝食後アヤが迎えに来ていた。一応お忍びということなので、アヤも薄手のかたびらを内側に着て、ナイフを目立たないように懐に忍ばせているようである。
 ロゼリアは、エールへの道中に着ていたグレー地の地味なチェニックを着る。
 出かけようとしてアヤにそれはないでしょう、と椅子に掛けていたアデールの赤のベルトを腰に巻くように言われてしまう。

「アンさまは素材がいいのですから、もう少しおしゃれをしなくてはなりません。男だからといって美しく装わなくてもいいというわけではありませんから」
 アンはサララのようである。アンは初日に田舎者扱いされたことに対して他の王子たちにたいして対抗意識を持っているようである。
 女というものは騎士であっても外見に関して小言が多いものなのだ。
 そう思うロゼリア自身は女なのに、きれいにしようという気持が起こらない。

 サララは最後にはあきらめて、ロゼさまは素材がいいのですから、飾り立てることはあきらめて肌と髪を整えるだけで十分ですから、という妥協点を見出して、ローズの化粧水やらヘアオイルやらを塗りたくられることになったのだが。
 
 部屋から出ると扉の外にジルコンが待っていた。ジルコンは、刺繍などの装飾のない服を着ていた。ジルコンの横にはジルコンの長身の騎士団長、ロサンがいる。
「遅かったな。今日はアンにじっくりと付き合ってもらうからそのつもりでいて欲しい」
「これから闘鶏を見に行くんじゃなかったの」
「それも見に行く。だけど俺らには重要な仕事があったことを昨夜思い出したので、今日はアンに付き合ってもらうことにした。その後にでも闘鶏や品評会や歌合せ?を見ればいい」

 拒否することを許さないような、断定的な物言いに眉を寄せた。
 エールの王子という強国の立場の強さを匂わせていた。

「昨夜に思い出した、俺らの重要な仕事ってなんですか?」
 ジルコンは歩き出しつつ、ちらりとロゼリアの顔に視線をやる。
 命令口調とは裏腹に、ロゼリアが来てくれないのではないかと心配している胸の内が透けて見えた。

「俺の婚約者に婚約を承諾してもらった祝いの品をまだ贈っていないんだ。それで今日、街に買い物に行こうと思っている」
「そんなもの別に必要ないんじゃないですか?むしろ持参金を用意するのは妻側じゃないですか」
「そういうわけにはいかない。これは俺の気持ちの部分だというか」
「ならなんでもいいのじゃないですか?ロゼリアは何を贈られても気にしないと思いますが」

 ロゼリアはジルコンが俺らの仕事といったことが気になった。

「そうはいかないんだ。アンはロゼリア姫のことをよく知っているだろ?せっかくだから、彼女が喜ぶものを送りたいじゃないか。アンからアドバイスをもらえるし、それにあなたがいればイメージが沸く」
 ジルコンは言いにくいことをいうように、顔を渋くさせた。
「それに、普段は何かと一緒にいられないだろ。俺があなたを連れて来た責任がある。だから、今日は一日付き合って欲しいんだ」
 ジルコンのロゼリアに対する口調が丁寧になっている。

「ジルさま。付き合って欲しいなんて、なんだかデートのお誘いのようですよ?」
 アヤが言った。そういうところはアヤは容赦ない。
「デート……」
 ジルコンは絶句した。心なしか顔が赤くなっている。
「わかりました。なら、最後には必ず闘鶏場ということで。エストが行くので鑑賞用の鶏の本場の解釈も聞きたいですから」
 
 スクールの休日、ロゼリアはジルコンとエールの王都でデートすることになったのである。






 
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