もう二度ともう一度

「黒板の宣戦布告」

 あの酷い痛めつけられ方をした男子生徒は、まだ学校に来ていなかった。それを確認して隣のクラスの教室から戻ろうとした。

「お優しい事だな」

 彼女は階段の壁に隠れて、それを見ていた。

「なぜ、あそこまでする?」

 高見真知子はどうでもいいとでも言いた気に、何も答えない。

 時々、二人はこんなふうに周囲の人間から見れば秘密めいた会話をしている様に見えた。
 本当の内容や込められた感情を知れば誰もが驚くだろうが。



 一方近頃、野々原あずさは不安だった。元からどこか頼りなくふらついている様な感じがする早川だ。
 このまま風船の様に自分の腕の中からも、手の届く距離からも離れて行ってしまいそうな気がして仕方なかった。
 高見真知子が現れた事で、その寂しさは増していくばかりだった。

「なんか、元気無くなってない?どしたん?」

 関西訛りの少女、二谷は野々原あずさのクラスメイトと言うより、ずっと親しい友達だった。
 本当は聞かなくても察する事は出来る。



「・・そっかぁ〜でもアイツはホンマ頼りないよな!普通、あんだけ仲良くなってありえんよな。ちょっとウチが言うちゃるよ、ビシッと」

 昼休みにパックコーヒーを飲みながら、吠えるタカ派の二谷に野々原は不安なのか、それは皆まで言いそうで止めたが、早川の真意は知りたい。まだほんの少女なのだ、こんな事も辛くて仕方ない。

「イヤ、もはや猶予なし!責任を取らすべきや!あっちゃんが好きなら好きと白状させんとさ。からかっただけとか乗り換えようとかやったら、腹を切らさすしかあらへんねん!」

 傍で見ていると、まどろっこしいのか二谷は決着を急がせようとした。

「あの、でも・・」

 その方法が問題だと言う野々原は、赤面しながら指を絡めてモジモジしていた。
 だが早川を追い詰める様な事はちょっと気が引けるし、しかし気持ちは知りたい。

「ウチにいい考えがあるで」

 その「いい考え」は、六時間目の体育から皆が教室に帰って来た時に、衆目に晒されていた。


 黒板には「早川は責任を取れ!」と大きく書かれ、その脇には「女をバカにするな」と「潔く腹を切れ」と小さく書かれていた。

 いつの時代も、革命の多くは女達の怒りから始まる。早川の足元にはすでに炎が揺らめいていた。
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