もう二度ともう一度

「手紙」

霜が降っていた。氷柱は屋根を垂れて、片田舎の通学路を少し幻想的に飾っていた。

『俺がオッサンになる頃は、あんま氷柱なんか見なかったっけ。』

 地球は段々と暖かくなっていく。とは言っても前年度は記録的に気温が低かった、ちょっとした異常気象だ。

 三学期も少し過ぎた頃。若い肉体は寒さをものともせず、早川に季節を眺めるゆとりを与えていた。
 真っ白な息を吐きながら、通路の下駄箱を開けた。

「手紙?」

 普通なら、嬉しくなるが彼はまるで危険が迫っているかの様に、教室を過ぎて三階まで駆けた。
 ここは特別教室ばかりで、人の気配はまだ無いからだ。

「誰だろう・・?」

 開けようとした時、気配がした。いや、ただならぬ妖気と言うべきか。

「渡せ、読む必要はない。それは私が始末しておく!」

 この校舎でプレッシャーまで放つ人物はただ一人、高見真知子だ。

「お前、なに、え?なんだよ!」

 狼狽える早川に下駄箱をチェックしている事を告げて、要求を繰り返した。

「それは野々原あずさでも、もちろん私が書いたモノでもない、さあこちらに渡せ!」

「お前なぁ、プライバシーの侵害著しいぞ!ストーカーだ、ストーカー!」

 今更と笑う高見真知子。

「私はお前を追ってこの時代に来たのだぞ、そしてお前のフラフラした性質はお見通しだ。ウキウキしてつまらん返事なぞ書くなよ?そんな事は、時の流れの川に流してしまえ!」

 短いこの三学期、それが終わればクラス替えもある。そして周囲から見れば最近、ぐっと早川は大人びて、格好良く見える。
 女子をそんな気持ちにさせる時期かもしれない。

「ふぅ、疲れた・・。いっぱいいっぱいを連続でとなると、今日は早退だな」

 気づいたら手紙は高見真知子の手にあった。
 早川は取り返そうとしたがチャイムが朝のホームルームを告げて、その手紙を巡る戦いはとりあえず後に持ち越された。


『あのヤロウ、持って帰りやがったよ!』

 一時間授業を受けると、高見真知子は体調不良と申し出て帰宅していった。おそらく、体力を消耗するのか特殊な能力は乱発は出来ないらしい。それを覚悟で重ねがけし手紙を奪ったのだ。

「どうかしたの?真知子ちゃん」

 その休み時間に、野々原に尋ねられた。それは知らないが早川は一応確認の為に聞いてみた。

「あの、手紙入れた?下駄箱」

 野々原は不思議そうな顔をして、それを否定していた。


〜放課後〜

 配布されたプリントを渡しに行くなどを理由に、お見舞いと称して野々原は高見真知子の部屋を訪れた。

「ああ、もう休んだから大丈夫よ。入って、あっちゃん」

 高見真知子は部屋着でお茶を用意してくれた。野々原は早川の言っていた事が気になってそれとなく聞いてみた。

「それよ・・その手紙、取り上げたけど。中身は確認してないわ」

 そこまでするか、と思ったが確かに自分達にはちょっとした一大事だ。

「だ、誰なの・・かな?」

 野々原の興味に、高見真知子は首を振った。

「流石に、そこまでは出来ないけど・・あっちゃん。あの男はね、女の心を奪ったら結局怖くなって逃げ出す男なの。だから、もう犠牲者は私達だけで充分なのよ」

 そう言うと、高見真知子はコンロで火を付けて皿の上で焼却した。だが、燃えていく内に野々原は少し見てしまった。

「あ、あれ?沢田さん・・だ」

 差出人と思しき生徒は、とても大人しいクラスメイトだ。

「申し訳無いけど私達の一騎打ち、横槍は入れさせないわ!」

 そう言って高見真知子は悪役を演じるが、本当は目の前の少女のためだ。
 灰に水を掛けたら真っ黒な手紙は粉々になってしまった。
 こうして、あらゆる事が妨害され日々狂い続けていく早川の歯車は、本来彼の想定している未来を刻む事が出来るのだろうか?
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