もう二度ともう一度

「二人の夜」

「おっと、いかんそろそろ帰ろうぜ」

 時刻は六時、たった一時間余りの滞在だった。

「嫌だ、と言ったら?」

 早川はなにも聞かず、タクシーを拾おうとした。
 阻止を目論む高見真知子は公衆電話を探す。まだ一般的にケータイなど無い時代だ。

「野々原さんですか?あの私、高見と申しますがあずさちゃん・・」

 急ぎ戻り来て、受話器受けをスイッチの様に押す早川。

「お前と言うヤツはどこまで悪知恵が回りやがる!もう散々付き合っただろ、お前だって消えちまうんだろうが!?」

 高見真知子の狙いは、電車を時間切れにする事だ。早川からしたら急がなければ泊まりになってしまう。
 この時期、まともな宿が飛び込みで取れるワケがない。となると、辺鄙な所のラブホテルぐらいしかない。

「ハッハハ、残念だったな!今計算してみた。私達の家までは辿り着けん、時間切れだ」

 彼女の言うとおり23時を過ぎると彼らの地元へは、この時代はまだ四つ向こうの駅で電車が止まってしまう。
 後に他のインフラが大規模開発され、都市化が進み連動する形で列車の運行が時間的に伸びたがそれは後数年先だ。

「途中からタクシーだ、お前払えよ」

「ふざけて貰っては困る、お前が元旦の朝から家を空けていたのが悪いのだぞ。何度電話したと思っているんだ?」

 早川の舌打ちにすぐ様、高見真知子は畳み掛けた。

「もう、二人で消滅しようか・・早川。私はお前となら悔いはない。」

 遂に心折れた早川は取引を持ち掛けた。今回だけは言う通りにする代わり、心中みたいなマネはやめる事。
 納得したなら、約束は守る人間ではあるとは思ったからだ。

「いいでしょう。では伊勢巡りをしてから、お前は私を何処か泊まれる所に案内しなさい・・」

 早川はこの女に呼び出されるのは今回限りと思えたら、怒りを通り過ぎて安らぎすら覚えるのだった。
 
 現地を歩き回り、もう夜になって移動し始めた。地元近くまで行けるかも知れないが、都会は人も多いから、寂れた隣県の駅まで辿り着くと電車を降りた。
 どの道、もう先がない。タクシーを拾うと、何故かどこでも街と街の境に密集するネオンだらけのホテル群にやって来た。

「早川、早川!これはどうしたらいい?」

「好きな部屋のボタン押したらイイんだよ」

 そう言って、早川が適当に押そうとした指を制止した高見真知子。

「待て。ここは吟味すべきでは無いのか?」

 そう言って、候補二つを次の客が来るまで悩んで恥をかきながら階段を上がった。

「シャワーに・・するか?」

「好きにしてくれ、俺は寝る」

 続きのありそうな台詞が怖くて、早川はL字になった部屋の奥の床にクッションを投げた。

「不潔な男だ、その手で私の身体に触れてくれるなよ」

 早川は無視を決め込んだ、シャワーの音がここまで聴こえる。

「なんで・・俺はここにいるんだろう」

 早川本人にも分からない、だが野々原達と楽しそうにしている高見真知子は、そんなに悪い人間ではない様に最近は思えていた。

「なにをバカな・・!にしても、ヤツぁ本当に誰なんだろうな」

 いつか知りたいモノだが、たぶんその機会は無いのだろう。本人が言うつもりがまるで無い、検討も付かない。自分ともしかしたらやり直そうと考えるかも知れない女は、ざっと両手の指はいる。

「さあ、お前もお入り。早川」

 不思議だが、近頃少しはその話し方も柔らかくなっている。

「ホラ、早く!起きてるのは分かっているのだからな!」

 母親か?と思って、早川は諦めて眼を開けた。

「上を着ろよ、バカ!」

 突き放され、彼女は半裸でベッドに腰掛けていた。早川は雀の行水の様にさっさと済ませ出てきた。
 少し、安心した事は高見真知子は疲れたのか眠っている様だった。着慣れない衣装で歩き回ったからだろうか。
 布団を直してやって、早川は自分の寝床へ歩いた。


 深夜、早川は目が覚めた。暖かいからだ。さっき迄、寒さに震えていた気がするのだが。そして無かった筈の布団が掛けられていて、柔らかい感触が背中を押した。

「動くな!朝までトイレ以外は許さん」

「お前にそんな命令をする権利があるのか?」

 指が背中を強く掴んでいるのが分かる。そして、早川に高見真知子は告げた。

「命令じゃない、これはただのお願いだ・・」

 窓の外、夜はまだ白やいでもいなかった。
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