もう二度ともう一度

「チョコレートに騎士道を」

二月半ば、バレンタイン・デーだ。コミュニケーションツールが発達した今は随分下火に思えるがこの時代はまだ結構皆が盛り上がる時だ。

 教室中がどこかしこ色めき立つ、そんな中で中年男性は呑気なモノだ。

『はは、可愛いモンだ。・・頑張れ!』

 誰かが誰かを呼び出すのを見つめて、早川は内心微笑ましいと思っていた。

「早川君、ちょっと」

「チョコなら要らんぞ!」

 瞬間、早川の足に高見真知子の全体重が乗せられた。



「浮かれるな、この中年オヤジが!」

 用意していないと言う、高見真知子の言葉に少しほっとした。

「だったら、何の用だ?」

「野々原あずさな、彼女の母親は本当に厳しいのだ・・だからお前に渡す事はない。私とて、フェアプレー精神はある。だから用意はない、貴様がどうしてもと言うなら作ってやらなくもないが・・」

 なんで彼女が野々原の事情を説明しているのか分からない。

「お前はイジけた男だ、「野々原がチョコくれない!」とか内心壁に投げつけた飴細工みたいにグシャグシャに傷付くまいと思ってな・・!」

 そんな事か、と思った。事情は薄々知ってるし、記憶通りだ。
 野々原あずさはそんなモノより、大切なモノを自分に教えてくれた。今更そんなモノ、なんの必要があるのか。

「いや、まあ別にかまわんさ。しかし、お前がそんな騎士道精神を持ち合わせている事には、ちょっと驚いたよ。」

 そんな事を、二人で話していると見慣れない女子生徒が震えた様に一生懸命声を出した。

「は、早川センパイ、コレ!」

 そう言うと、一年下であろう女生徒は走って行った。

「これちょ、オイ!あッッ」

 どうしようか聞こうとするなり、高見真知子はそれを奪い窓から投げ捨てた。

「お前!最低だぞッ!?」

 取りに走った早川は授業に遅れてやって来た。貰えたチョコをポケットに詰めて。


「早川、サボりかぁ?」

「あ、すんません遅くなって」

 誰かがデカいウンコしてましたとからかった、そのセンスが中学生らしい。 

「いやはい、天使の落としモノでして・・」

 早川の発言と表情は、それが何を言っているのか分かる二人の表情を少し強張らせた。


 そして、最後の授業。それに使われる教科書に一枚のメモと写真が挟まれていた。

【今日、夕方四時に私の部屋に来い。さもないとコレをばら撒く】

 コレと称される写真が一枚。それには
放課後、市内まで出てパチンコを打つ早川が写っていた。

『一発停学になるだろ!』

 早川はそれを裏ポケットに隠しこんだ。



 名前が書かれていなくても犯人は分かる、ヤツだ。指定された四時にやや不安ながら丸腰で高見真知子宅を訪れた。  
 そこには野々原もいて、二人でチョコを作って固めて待っていた。

「あ、ああ!そうなの?ありがとう・・」

 きっと激しい戦いになる、そう思ったが甘いチョコレートがそこには待ち構えていた。半分は悪魔が関与しているが、半分は天使の祝福と思って噛み締めた。

 写真は高見真知子が探偵に撮らせたそうで、それはそれでこっそり説教された。
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