もう二度ともう一度

「涙と約束」

三年生が巣立とうとしていた。そんな式の練習風景を耳にしながら、もう自分も来年の今頃はこうしていると思っていた。

 期末テストは遂に400点から20点にを足せた。しかし、以後はもはや伸び代が無い。単に今までが低過ぎただけだ。

「へぇ、でも私立だと遠いだろ!」

 時々、もうチラホラとそんな会話を他の子達がしていた。
 本来早川の親友だった少年も通っていた私立高だった。しかし、今は疎遠だ。

『女だよ、ソレでヤツは道を外れて行く・・・』

 この年代では気付かれないが、その彼は端正な顔立ちをしたスマートな男だ。早川も忠告してあげたいが、どうしようもない。

「俺だって、どうなるやら・・」

 早川を隠すように、カーテンが風を巻いて揺れる、温かい日だった。

「なにか・・悩んでるの?」

 野々原が心配そうに話しかけて来た。彼女の豊かなそれで早川が一番弱い表情だ。

「ううん!なんでもないよ、それよりもう二年も終わりだな」

「うん、来年も同じクラスだったら、いいね・・」

 それも心配しているが、次も同じクラスだ。早川は知ってるが口に出せない。

「野々原、一年間ありがとうな。本当に楽しかった」 

 そう言うと離れていく早川が、彼女にはたまらなく寂しく感じた。
 早川はこの機に、ただ感謝を伝えかったが、そこでは気丈に振る舞う野々原もその日部屋で泣いた。
 理由は分からない。もう自分の感情が何処にあるかも分からないで涙を零した。


 早川はこの頃、空ばかり見つめる様になった。奇麗な蒼に雲が白く浮いていて時々、鳥が羽ばたいてゆく。

『ずっと後悔してた・・だから、こんな事になった。もう、二度と迷い込まないよ、俺は』

 そんな事を一人考えていた。


「早川・・!」

 階段を降りて、帰宅しようとしたその時天敵の声がする。

「なんだよ!?」

「今日、着替えたら私の家に来い。少し話したい事がある」

 珍しく、勝ち気な高見真知子は重い表情でそう言った。

「わかった!でも、味噌とこんにゃく買って来てって朝言われたからそれからだぞ?」

 近頃はまるで素直で、早川は四の五の言わなくなった。それに、高見真知子もまるで礼を言う様に二本指を立てた。



「良く来てくれたな」

 買い物を済ませて午後五時前、早川が高見真知子の部屋へやって来た。
 言われるまま上がるが、女の子の部屋に上がるのは過去に来て今回が初めてだ。

「可愛らしい器だこと!」

 出て来たコーヒーカップに驚く、日頃おっかない彼女の趣味は実にエレガントだ。

「わかるか?・・あ、その前に、今から野々原あずさに電話してもらう、もっとも小心者のお前だ、私が掛けてやるその為に呼んだ!」

 内心、この女がまた解せなくなった。

「あの、でもなんで?」

「春休み、デートして貰う」

「え?あの子と二人で?」 

 なんでお前がそんな親切に気を回すんだ?と聞く前に高見真知子は付け加えた。

「私も・・行く」

 そしてダイヤルを押した。女同士で何度か掛けているのか、番号を確認していない。

「あの、すいません私、高見真知子と申します。あ、あっちゃん!どうしたの?」

 声が掠れていて、高見真知子はつい聞いてしまう。

「あ、ちょっと代わるね」

 電話の向こうで男の声と高見真知子の声がなにか言い合っている。

「あの、俺、あの変な所からゴメン!」

【オロオロするな!後、変じゃない!】と、フリップを出す高見真知子をチラッと見る。

「な、なに?」

 まるで泣いた後の様だ、野々原はそれだけ聞くのがやっとらしい。

「あ、ええーと、春休みにあの、デートしてくれ・・高見が」

【もっと丁寧に!私に「さん」を付けろ、「さん」を!】
「うるっさいな!それ止めろよ!」と、早川は小声で高見真知子に言っている。

「えーゴホン!春休みにどっか、じゃあ映画でも、なんか高見・・さんのヤツも行きたいとか言うけど、そるうッ!なんで良かったら行きませんか?」

 途中、なにか蹴った様な音に野々原はクスッと笑ってくれて、いつか聞いてくれた。

「あ、そいつはじゃあまた学校で!」 

 そう言うと早川は通話を切った、そしてため息を一つして高見真知子に聞いた。

「なにを企んでる?」

「企みなどない。私はただ、あ!」

 なにか思い出したように、高見真知子は会話を止めた。

「早川、私の料理・・食べて行くか?」

「え?あ、いや家で食べないとおふくろ、怒るから・・」    
 
 また蹴られるかと思ったが、高見真知子は納得した様に自分を開放してくれた。

「では今度、春休みになったら食べに来い。一人は寂しいモノだ、野々原あずさも呼んでおく」

 いいな?と念を押され、その後玄関から閉め出された。
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