もう二度ともう一度
最後の一年間

「桜咲く頃」

今見ている淡い桃色の窓の外はきっと、この校舎から眺める最後の桜かも知れない。
 教室に入ると早川の周囲は殆ど顔ぶれは同じだった。案外に大人達は生徒間の関係は見ているモノなのだろう。
 二階の窓の外に、色めき立つ春を眺めていた。そんな新学年の始まりに、代わり映えないと安堵する者、仲の良い者と離れて残念に思う者と他の生徒達も様々だった。

『違う方が楽なモンだけどな、俺としては・・』

 彼は一度この状況を経験している。もしかしたらとは考えたが、それはやはり無かった。

「また一緒ね、早川君」

「・・俺としては、ゾッとするがね」

 早川としては、彼女がどうなるか気になっていた。自身の記憶にはいないハズの人間だからだ。
 それが、どんな手を廻したのか単なる偶然か、高見真知子とこの中学生活最後の一年も共に過ごす事になった。

「真知子ちゃん!」

 そう声を掛けたら、野々原あずさは喜びを隠さないで高見真知子に絡まる様にして自分達の席に連れて行った。
 見た所は早川とより、よほど仲が良い。女同士、そんなモノだろうと彼も思ってそっちのけられても、自分はなにも言わず席に座ったままだった。


 その日の帰宅後、早川は近頃始めた遊びの約束があった。それは今日みたいな開いた時間を見つけては、自作したピンポン玉を飛ばす装置を使って回避の訓練や、仲の良い不良少年に自分を殴らせていた。

「なんだよ、お前全然打ってこないじゃないか!」

 誰もいなくなる夕方の公園、老人達がゲートボールに興じるスペースの脇にあるベンチにグローブを投げて、少年は言った。
 短髪に鋭い目をしている。身体は少し細いがしっかりとした筋のある、本当にボクサー向きした身体だ。

「スキがあったら、手は出してるだろ?それに、俺と尾崎じゃウェイトが違う」

 尾崎と呼ばれた少年はボクシングが好きだった。しかし、それをやろうにもその環境はこの辺りにはないし、それでもこんな風に畑は違ったが、早川も基礎的な練習には付き合える。

「それに、矛を止めると書いて【武】だよ」

 と、そんな受け売りをいいながら必ず決着は求めてくるであろう、高見真知子との勝負の為にこの方が都合が良いと考えていもいた。

「なぁ、ところで早川。お前学校出たらどうすんだ?」

 周囲からすれば早川は突如更生し、今やクラスでも上の下まで成績を伸ばしていた。それでいて、自分には時々付き合ってくれるし、こうして自腹で道具も用意してくれる。
 正直に、尾崎には彼がわからなくなっていた。もう三年ともなると、そんな友人の進路は少しは気になるようだ。

「そこだよ、そこ。・・ホラ!」

 早川は買ってきた飲み物を投げて、そのまま続けた。

「それがなぁ・・自分でもまったくわからんから困ってんだ。勉強っても、限界あるしな」

 人間、向き不向きはあるモノだ。早川は大人である分、自分の限界は冷静に把握している。

「情けねー事言ってんなよ!・・つっても、俺も将来なんかどうせロクでもねーけどな」

 そうニヒルに笑った尾崎。しかし、早川は彼を良く知っている。
 何より芯があるし、学校では誰も恐れて近寄らないが付き合ってみれば本当は優しい所もあるし、どこか寂しさの纏わりつくような少年だ。

「大丈夫さ、お前は強いからな。なんにせよ、【鶏頭なれども、牛尾たるなかれ】だな。その点、尾崎ならどこでも生きられるさ」

 月並みな評価だが根性がある彼を早川がそう評すると、怪訝な表情で尾崎は返した。

「お前・・本当におっさんみたいな事、たまに言うよな。ワケわかんねーぞ!」

 いつも難しい言い回しをするヤツだと、そんな本質を突いた疑問を言ったそのすぐ後、もう日も暮れて二人は別れた。



『あの子は鶏頭でも、俺は牛尾かもしれん、な・・』

 早川は大人だ、人生は運もあるが肝心な所はそれを引き寄せる強さである事を知ってはいる。
 学が全てを肯定してくれるワケでなし、表面的な豊かさが幸せの全てであるワケでもなし。

 それでも自分と他者を比べた時、結局の所で自分に何も無くてそれだけにいつの間にか、小さく纏まろうとしている事に気付かされてしまう。
 すっかり暗くなる頃、いつも正直に生きなかった事でなにもかも見失っていた自分が、街灯に照らされてひょっこりと現れた影の様に早川には思えた。
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