もう二度ともう一度

「男達の庵」

早川は最近、所謂地主であり近所で商いをする初老の男性から、少し里を離れた場所にある土地と小屋を借りた。
 バブルが弾けて再開発は頓挫した。価値は目減りしたにも掛からわずもはや売れる見込みもない場所だ。
 そこで早川はかねてからの小さな夢で、隠れ家的な作業場が欲しいと言ったら固定資産税だけ払ってくれれば貸してやるんだが、とその男性は言った。

 もちろん、少しは色を付けてポンと払ってそこを使う事になった。その男性は以前から早川のギャンブル勘を認めていたので、少年と言えども彼なら不思議では無い。と唸った。
 そして掃除はしたが、次は資材の搬入がある。車を自由に使えないのは大変だ。それに水道やら、ガスはともかく電気もまだだ。


「おい、早川ゲーム行こうぜ!」

 放課後、ポケットに両手を突っ込んだ尾崎と言うクラスの違う同級生が早川を呼び止めた。
 この時代、格闘ゲームの全盛期でたまに二人は駄菓子屋の前で筐体をガタガタと揺らしていたモノだ。

「それが、ちょっとなぁ・・あ!尾崎、バイトせんか?ちょっと重たいモノが来るんだよ」

 彼は不思議そうな顔はしたが、お小遣いに釣られて誘われるまま小屋に来た。


「オイオイ、引っ越しかよ。お前何するつもりだ?」

 業者が届けてくれた冷蔵庫からなにから、家電製品が終わると机やら家具屋が次々と荷物を下ろしていく。
 以前買い付けた物を、今日纏めて受け取る事にしたのだった。

「なにするか、は決めてないがやはり風流人としては、芸術活動かな?」

 また始まったと思った尾崎は荷物運びに汗しながら金の出処を聞いたが、早川は競馬でドカンと獲れたのを全てブチ込んだとニコニコ笑って言っていた。

「まあ、なんつーかなぁココで自然を眺めながらコーヒーや茶を楽しんだりだ、絵を描いてもいいしな。あ!最近レザークラフト始めたんだ、財布とか作るんだよ。今度、お前にもカッコイイヤツやるからさ」

 あらかた運び終えて、床にへたり込むと早川が使用目的についてそう語った。

「俺も来ていいか?外も人いないから、トレーニングに使えるだろ!」

 無論だと、早川は鍵を渡した。条件は一つだけ、俺達だけの秘密だと付け加えた。
 早川も他には誰にも言わないつもりなのだろう。男だけの秘密基地だ。

「ウゼェ時は泊まっていいか?」  
                    彼は早川より更に、いや。こっ酷く家庭環境が良くない。そこも考えたら、逃げ場になるだろう。

「・・ありゃ?しまった、そう言やベッドは来たのに布団買ってねーわ!」

 早川がそう思い出すと、成績はちょっと良くなってもやっぱりバカだと言って二人は笑った。

「まあ布団ぐらい身体一つで運べるさ。・・あーもうこんな時間か、俺はもうちょいセッティングとかこだわりたいからな。あ!尾崎、コレな?もう今日は帰っていいよ。」

 まだまだ早く沈む、四月の太陽は遠くにオレンジ色を重ね始めていた。

「オゥ、サンキュー!じゃあな」

 そう言って、ちょっと照れながら早川の指に挟み立てられた一万円札を乱暴に取って、彼は帰って行った。
 いつも両手をポケットに突っ込んで、それでも背筋はまっすぐにしている。そんな彼を見ていると、つくづく人間とは環境だと早川は思う。

 世の人にはグレてるだの、不良だのと彼もそして以前の自分も言われていたが、それこそ世の中自体が自分達に塗り付けたペンキの様なモノだ。
 知り合った頃はいつも喧嘩腰だったが、こうして同じ時間を共有すればすぐにわかる。それを洗い流せば彼もこの夕日の様に黄金色なのだ。

「あれ?世間様的にはマジメになったとか言われてっけど、考えてみたら俺はとんでもない、かな・・」

 やっと自覚が出来た所で、その為にもこれからのなにかを模索しようと此処を借り受けたのだと、早川は再認識していた。
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