冷徹御曹司は初心な令嬢を政略結婚に堕とす
「俺は君の唇も、名字も、帰る場所さえも奪ったが」

文字通り〝紙切れ一枚〟で夫となった眉目秀麗な御曹司様は、まるで持ち主に捨てられた悲しい人形にでも触れるかのように、私の心臓へそっと長い指先を這わせる。

「あ……っ」

そんな場所を男性に触れられるなんて初めてで、艷めく指先の感触にふるりと体が震えてしまう。
すると彼はわずかに目を見張り、ぐっと眉根を寄せた。

きっと、私がなにかおかしな態度を取ってしまったのかもしれない。
恥ずかしくなって、私は咄嗟に〝夫〟となった人から逃げるように顔を逸らした。

しかしイジワルな指先は、何かを確かめるかのごとくそのまま腹部を滑り、腰の辺りまで伸びる。

氷のように冷たい指先で触れられているのに、なぜだか、触れられた部分が熱い。

「……君の心までは奪わない。だから、安心して眠るといい」

そう言うと、彼は壊れ物を扱うような手つきで、ベッドの上に横たわる私を優しく抱き寄せた。


……どうしてだろう。

今夜は、ひとりきりで眠る時よりも胸が痛くて、切なくて――寂しい。


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