ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

「………すご そんな欲しかったんだ」

「…ちが…ぁ、ぁっ、ぁっ!」

「鳴」


 だめ、だめ、だめなのに。なんか今日すごい。名前呼ばれてるだけで心地よくて力が入んなくなってどうでも良くなってバカになる。何これ変なの。名前、呼んでるだけなのにね。


「…硯くん、っ…」


 …まるで好きだって言われてるみたいだ。

















 数日後、我が家に朝っぱらからけたたましくインターホンが鳴り響いた。

 相変わらず圧倒的夜行性を拗らせるあたしたちが寝癖満載で扉を開けるなり姿を現したのは、彼だ。

「あらやだお寝坊ね。ちょっと降りてきなさいよあんたたち」

「…おやすみ」
「降りんのよ!!」
「えー」

 半ば連行される形で首根っこを掴まれたあたしたちがそのお店(・・・・)の前にぼと、と落とされてから目を擦る。え、これは夢、え? って目をこしこししてたら硯くんもおれ眼鏡忘れたわとか言ってたから、見えてる景色はたぶん、おんなじだ。

「この前のパーティで今まで贔屓にしてくれてた客のみんなが話し合ってくれたみたいでね、またみんなで通いたいからって店を立て直す資金を募ってくれたのよ! で、前のテナントはちょっと治安悪いけどここにならいい用心棒(・・・)いるじゃない♡ ここのテナントの裏、空いてるっていうじゃない♡ そのままお店作っちゃいました———♡」

「…最近工事してたのってこれか」


 はー、と深い息を吐く硯くんにあたしはよくわかんないからおねむで眠いよう、って硯くんの肩にこめかみを置く。でもうすらと開いたら木の看板に相変わらず【Amore】が書かれていて、開店祝いで次から次へと届く花や朝っぱらだというのに駆け付けるジュリアンの顔見知りと思しき外国人の襲来にはは、と顔が引きつる。

「…裏社会のボスって実はジュリアンだったのかも」

「ね」

 
 とりあえず着替えるかって話してたらあんたたちには個々にお礼もしたいからお昼食べにきなさいって言われた。ジュリアンがいい人だってのはわかってたけど、あたしが想像してたよりずっと思いやりが深くて、義理堅い人だったらしい。

 お店の周りに飾られたお花を見ながらいい匂いにつられて中に入ったら、既に豪勢なメニューが並べられたカウンターにわーいってあたしは椅子を引く。




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