ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

 やべえ。()られる。


「あ、ち、ちがくて硯くん、さっきのはあの、冗談」

「冗談」


 へえ、って全然笑ってない目で顔を傾けたまま訊いてくるからミンチルートだけは避けたくてこくこくこく、って頷く。

 ほんとあの。さっきのは口が滑ったというか元はと言えば硯くんが素っ気なかったから、って弁解しようとしたらラグの上で妹座りしていたあたしの前まで硯くんが歩み寄り、ヤンキー座りで眼前で品定めするみたいに挑発的に覗き込まれた。

 これ完全に喧嘩なら買うけど、って臨戦態勢の時の硯くんで、まさかこんなことになると思ってなかったからだらだら冷や汗を垂らしながらかろうじてごく、って唾を飲む。


「で? お前今からどこ行くの」

「(お前って言った)」


 いつも硯くんだいたいあたしのことめい、って呼ぶのに刺々しい言葉でお前って言った、って自業自得だけどだってそれは硯くんが、って聞き分け悪くぐずぐずする。
 それでじわ、って滲んでぽろりと涙が溢れたら、かと言ってだから何、って感じで女の涙に諸共しない硯くんの瞳に情け無い自分の姿が映っていた。


「…すず、っくんがいじわるする、」

「お前がガキなんだろ」

「お前って言わないで、お前って言う人きらい」

「はあうざ」

「…!」


 もういい、って泣きながらすり抜けてトニーのとこ行くもん、って四つん這いで逃げようとしたら足首を掴まれてずるずる、と引き戻される。えぐえぐ泣きながらやだー! って叫んだら上から深いため息が降ってきて、それで、

 もうこのままあたしめちゃくちゃにでもされんのかなと思って振り向いたらキッチンテーブルの椅子にどかりと硯くんが座る音がした。

 で、その歯に咥えられた「それ」にえっと声が出る。


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