ビッチは夜を蹴り飛ばす。


 あとでね、って笑うナカジに手を振る。そのまま振り向いて曲がり角を曲がった瞬間誰かに口を塞がれた。視界を失い抵抗の間も無くトイレの個室に連れ込まれバタン、と閉まると暗がりの中で眼が光る。


「つーかまーえた」

「栃野…っ、」


 お前まだ生きてたんか、と目を剥いた瞬間両腕を腰の後ろに纏められて背中に栃野が張り付いた。前のめりになるあたしの頸椎にちゅ、と唇が触れてひっ、と声にならない声が出る。
 やだ、と怯えて身を捩るあたしに空いた栃野の手が胸の辺りのボタンだけを外して中に滑り込んできた。容赦なく下着の中に潜り込んでそう無い膨らみに触れて、指先が先端を掠めたらびく、って馬鹿みたいにかかとが浮いて飛び上がる。


「ひっ…! や、め…っ 栃…」

「なんで? いーじゃん」

「よくな」

「声出すなよ」


 後ろからのしかかるように体重をかけてくる栃野の熱い息が耳にかかったと思ったらそのまま舌が中に潜り込む。声にならない声が上がって抵抗するにも後ろで拘束されてるし、胸の愛撫とで気持ち悪さと擽ったさとがない交ぜになって逃げるようにだんだん左のこめかみを壁に押し付けるように痙攣していたらカチャ、ってベルトの音がした。はぁ、って欲情した息遣いも聞こえて青ざめる。やだ。やだやだ。なんで、なんで。

 さっきからなんか後ろに当たってる。


「お前がお預けするから俺すっげー溜まってんだよ、どうしてくれんの、前の時だってなんかわけわかんねーやつきて邪魔されるしさぁあれほんっと傷付いたなー」

「知らな、」

「ひでーだろって。触られたらこんな処女みたいな反応するくせに実は経験豊富とか、こんな好きって言ってんのになんでわかんねーの鳴」

「栃野、」

「あは、そんな目して実は欲しくて堪んないんだろわかってるわかってる」

「栃」

「お前最近5組の中島と仲良いな」


 一瞬で熱が覚めた。目を見開いて喫驚するあたしに栃野はこれでもかってくらい整った顔の口角を持ち上げて、「鳴はいい子だからわかるよな」って訊く。相談じゃない。命令だ。たったその二言で、栃野が、栃野じゃない誰かが、あたしのせいでナカジを傷つけるビジョンが浮かんで目の奥が熱くなった。

 全部あたしのせいだった。硯くんの忠告をもっと聞いとくんだった。後から脳裏に(よぎ)るのはタラレバばかりで、泣きながらそれでも助けを乞おうとしても、無理だった。だって今あたしたちがいるここは選択授業を終えた本棟とは別の特別棟で。


 …その端のトイレは、滅多に人が通らない。


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